第5章 買い出しに行こう
「前いたのは兵庫です。その前が福岡、東京・・・ですかね」
「えっ、結構あっちこっち引っ越してるんだね。黒崎の家って転勤族なの?」
「っ、そ、そんな感じです」
旭先輩の問いかけに、言葉がつまる。
明らかに動揺した私の返答に一瞬だけ車内の空気がかたくなったような気がした。
けれど誰も深く突っ込むこともなく、加えて運の良いことにすでに嶋田マートは目の前に見えていた。
話は自然と消滅し、何事もなかったかのように皆車を降りる。
うちには少し、複雑な家庭事情がある。
よくも悪くも奔放な人生を送ってきた(現在進行形で送っているが)母は、私とは父親の違う姉、兄を生んでいる。
私は自分の父親の顔をよく覚えていない。
姉や兄も多分同様だと思う。
うちの家族が住まいをあちこち転々としているのは、この母が原因である。
恋多き女の代名詞と言ってもいいうちの母は、恋人と破局を迎えるたびに転居したがる癖があった。
引っ越しをする度、母の相手は変わっていた。
それを白眼視する人の方が一般的に多いことは重々承知している。
だから、あちこち転々としている本当の理由を、他人に馬鹿正直に話すことはしない。
そんな当たり前なことさえも分からなかった幼い頃は、うちの事情が普通とは違うと知らず、友達に話してしまったことがある。
翌日から私を待っていたのは、辛い日々だった。
それまでの思い出なんてまるでなかったかのように、友達だと思っていた子はみな私などいないもののように扱った。
それが子供心にも、うちの家庭が『異常』だということを悟るきっかけになった。
それからは、不用意に家庭の事情について他人に漏らすことはしていない。
が、今みたいに不意に問われると、言葉につっかえてしまうくらいには、私は嘘が苦手だった。
でもここで本当のことを話したって、何もいいことはないだろう。
「黒崎、大丈夫?」
「えっ、あ、はい!大丈夫です」
少しぼうっとしてしまっていたのか、旭先輩が心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「酔っちゃったかな?」
武田先生も心配そうにこちらを見ている。
良かった、さっきの動揺については皆スルーしてくれているみたいだ。
「いえ、大丈夫です!買い物、行きましょう!」
努めて明るい声と笑顔で言って、旭先輩の背を力強く押した。