第36章 夏合宿
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*東峰side*
バタン、と大きな音がした。
その音がした方を振り返ると、黒崎の名を呼び続ける夜久の姿と、床に倒れこんだまま動かない黒崎の姿が目に飛び込んできた。
さっきまで、普通に会話をしていたはずなのに。
一瞬、何が起こったのか理解が出来ないでいた。
「おい、誰か氷! 氷持ってきて! あと大きめのタオル!! 早く!!」
黒崎の傍らにいる夜久が叫ぶ。
バタバタと清水や監督達が駆け寄る中、俺はその場に立ちすくんだまま動けなかった。
心臓がバクバクと大きな音をたてていやにうるさい。心臓の音がうるさすぎて、周囲の喧噪が遠いものに聞こえる。
背中を流れ落ちていく汗が、やけに冷たく感じた。
嫌な考えばかりが頭をよぎる。
―このまま黒崎が目を覚まさなかったら?
最悪の結末を想像して、体が一気に冷えていった。
足元がぐらついて自分がちゃんと立っているのかさえよく分からない。
目に映る光景が現実のものには思えなくて、悪い夢なら覚めてくれと願ってしまった。
「足元高くしてあげて。氷はわきの下と足の付け根に当ててあげて」
目の前の現実を受け入れきれないでいる俺とは正反対に、夜久はテキパキと指示を出して、何度も黒崎に声をかけ続けている。
「熱中症かな…美咲ちゃん大丈夫かな…」
「……」
スガの声掛けにも答えられずに、俺はじっと倒れた黒崎の姿を見つめていた。
何も出来ない自分の無力さが歯痒い。
さっきだって黒崎と話をしたのに。
彼女の異変に気が付いてあげられなかった。
倒れる前に何か出来たかもしれないのに。
俺は、彼女をきちんと見ていたのだろうか。
そんな事、今更思ったって仕方ないのは分かっている。
分かっているのに、思わずにはいられなかった。
「…! 美咲ちゃん大丈夫か!?」
「……うぅ…ん…もりすけ、くん?」
「良かった…意識もどって…」
わっ、と歓声があがった。
黒崎が意識を取り戻したみたいだ。
隣にいたスガに背中を叩かれ、スガが「良かったな」と声をかけてくれていたことに気が付いた。
「っ、あぁ…うん、良かった…」
良かった、はずなのに。
心の底から喜べなかったのは何故だろう。