第36章 夏合宿
高速を走る車内は、とても静かだった。
時折誰かの寝言が聞こえるくらいで、あとは皆の寝息と車の走行音がBGMと化していた。
車内で起きているのは、運転手の武田先生を除いては私だけだろう。
初めての県外での合宿だから、色々と神経が高ぶっているのは多いにある。
だけど、私がいまだに1人眠れないでいるのは、隣に座る旭先輩のせい。
私が烏野に戻ってきてからというもの、潔子先輩と菅原先輩の2人は前にも増して気を回してくれるようになった。
何かというと旭先輩と私を絡ませようとしてくれる。
2人の気持ちはとてもありがたいと思う。思うのだけれど、今のこの状況はなんというか、身にあまり過ぎて持て余してしまっているのが正直なところだった。
私に気を遣ってか、旭先輩は身をよじって窓の方にもたれかかるようにして眠っている。
始めのうちは旭先輩も緊張したような、どうしていいのか困ったようなそぶりだったけれど、そのうち眠気の方が勝ったのかいつの間にか眠ってしまっていた。
旭先輩は一体どんな夢を見ているのか、眉根がぎゅっと寄って険しい顔になったかと思うと、次の瞬間には、ふにゃりと気の抜ける可愛らしい顔になったりする。
人が1番無防備な時に、隣でそれを見ていられるというのは物凄く貴重な体験だと思う。
ただ、その幸せを噛みしめるまでの余裕は、今の私には無かった。
そんな私に、さらに追い討ちをかけるように、ゆっくりと旭先輩の体が動いた。スローモーションのように映像が流れたかと思うと、旭先輩の頭が私の肩の上に乗っかった。
寝ている人の頭って結構重たいんだなぁ、なんて意外と冷静な思考の自分だったけれど、ふと香る旭先輩の髪の香りにドキッとしてしまう。
それは甘いフローラル系の香りで、ピンクのボトルにでも入っていそうなシャンプーの香りだった。
首筋に触れる旭先輩の髪がくすぐったい。
甘い香りに誘われるように、私は旭先輩の髪に手を伸ばしていた。
先輩が起きないよう、そっと触れてみる。
手触りはさらさらしていて、とても気持ちが良かった。
この手触りと香りなら、クラスの女子が触りたがるのも納得がいく。
あの光景を思い出すと胸は痛むけれど....。
今度は先輩の髪を少しすくってみる。
さらりと指の間からこぼれていく髪の毛。
毛先が当たってくすぐったかったのか、旭先輩が小さく身動きした。