第35章 先輩の気持ち
自分の名を口にされてから会話の内容が気になったのだろう、旭先輩はじっとこちらを見て私が声をかけるのを待っていた。
「…旭先輩、衛輔くんが三人で話をしようって」
「俺も? でも、いいのか? 二人で話したいこともあるだろう?」
『いいんだよ! つーかお前が入ってくんねぇと美咲ちゃん気遣って話出来ねぇんだよ』
まだスピーカーにしてなかったのに、携帯からは衛輔くんの大きな声が飛び出した。
私と旭先輩は二人で顔を見合わせて、苦笑いの顔になった。
そこからは、スピーカーをオンにして、旭先輩も交えて衛輔くんと話をした。
話が夏合宿のことに及ぶと、衛輔くんがある提案を私に持ち掛けてきた。
『なぁなぁ美咲ちゃん。合宿終わった後、俺んちに何泊かしていかない?』
衛輔くんは、折角埼玉まで出てくるんだから、ついでに東京まで足を伸ばして一度衛輔くんの家に来て衛輔くんのおばさんやおじさんに顔を見せて欲しいと思っているようだった。
それに加えて、東京観光も一緒にしたい、とのことだった。
「おばさんとおじさんには会いたいなぁ。何も言わずに引っ越しちゃったし、一度きちんと挨拶しないとと思ってて」
『そっか! うちの親、ホント美咲ちゃんにめちゃくちゃ会いたがってるから。うち来てくれたらすっげぇ喜ぶよ!』
衛輔くんのテンションが一気に上がったのが、声のトーンでよく分かる。
きっとおばさんとおじさんも、衛輔くんの言う様に、私に会いたいと思ってくれているんだろう。
「挨拶はしに行きたいけど、泊まるのは難しいかなぁ……夏休み中、部活あるし」
『あー…まぁ、そうだろうけど…』
私の言葉に、衛輔くんのテンションが一気に下がる。
衛輔くんの提案はとても嬉しかった。
だけど、私は。
この夏は、この夏だけは、旭先輩のそばに、烏野のみんなのそばにいたい。
『…部活さ、何日か休んでも大丈夫じゃないか? こないだの合宿で新しいマネージャー入ったんだろ? 美咲ちゃんいなくても二人もいれば、東峰達も困る事ないんじゃないか?』
衛輔くんからしてみれば、深い意味は無かったと思う。
ただマネージャーが二人いれば、合宿でもない部活であれば、雑用も十分こなしていけるだろう。
そんな認識でしかなかったんだと思う。