第35章 先輩の気持ち
後方の先輩達の会話を拾おうと、私の耳はますます大きくなっていった。
「…いや。断ったよ」
少しの間を置いて、旭先輩がそう言った。
それまで微かに震えていた声は、どこか力強いものに変わった気がした。
旭先輩、ヨリ戻さなかったんだ。
それを知って、ほっとしている自分がいるのは確かだ。
確かめたくても確かめられなかったから、聞き耳立てて申し訳ないと思うけれど、知れて良かったと思う。
だけど、あんな綺麗な人からの申し出を断ってしまうなんて。
愛梨さんと何が原因で別れたか分からないけれど、昨日の二人のやり取りを見ていたら、険悪な別れ方じゃなさそうだった。
だから余計に、何故旭先輩がヨリを戻さなかったのか気になる。
愛梨さんの言っていたように、誰か好きな人がいるからだろうか。
私が知らないだけで、本当はすでに付き合っている人がいるのだろうか。
ヨリを戻さなかったことを不思議に思ったのは私だけでは無かったようで、田中先輩がビックリした顔で旭先輩を見ている。
「えー?! マジっすか! もったない! 何でヨリ戻さなかったんスか?」
内心、田中先輩ナイス、と思った。
私の聞きたいこと、知りたいことを先輩達が代わりに聞いてくれているようで、有難かった。
田中先輩はそんなつもりなかったと思うけれど。
「あー…いや…ほら、今はバレーの事で手一杯だし……」
「確かにバレーも大事ッスけど…でもあんなキレーな人のお誘いを…旭さん、硬派ッスね…!」
どこか感心したように田中先輩が言うと、旭先輩は困った顔で頭を掻いていた。
愛梨さんとヨリを戻さなかったことにホッとしたけれど、旭先輩は今は恋愛なんて頭に無いことを知って、また私の心には暗雲がたちこめようとしている。
やっぱり、今までの色んなこと、私の思い違いだったんだ。
『優しい』のが旭先輩の通常運転で、その『優しさ』を私が勝手に勘違いしちゃってただけなんだ。
私は、旭先輩が好きだから。
旭先輩にも私の事好きでいて欲しいって、どこかで思ってたから。
色々と良いように解釈しちゃってたんだろうな……。
愛梨さんとのことは、解決したのに。
また一つ、私を悩ませる問題が出てきて、その日の部活はいまいち身が入らなかった。