第35章 先輩の気持ち
「さっき日向が言ってたのが聞こえてさ。何かあったら俺も相談のるよ?」
「何も、ないです。大丈夫です」
自分でも驚くくらいそっけない声で、旭先輩に返事をしてしまった。
私の返答に、旭先輩がちょっと悲しそうな顔をしたように見えた。
そんな顔を見ているとますます胸が苦しくなってしまうから、頭を下げて、旭先輩と距離を取る。
旭先輩の視線を背中に感じながら、早く休憩が終わりますように、なんて願ってしまった。
先輩を拒絶したいわけじゃない。
向こうから声をかけてくれて嬉しいはずなのに、素直にそう思えないでいる自分がいる。
もうどんな顔をして先輩と接したらいいのか分からない。
自分の気持ちはハッキリとしているけれど、旭先輩の気持ちはよく分からないし。
だからといって確かめるのは怖くて、身動きができない。
愛梨さんとどうなったのかも、定かじゃないし。
聞く権利も無いし。
気持ちはどんどん沈んでいって、顔も自然と下を向いてしまう。
自分の足先が目に入ったところで、後ろで菅原先輩の声が聞こえてきた。
「旭、昨日あの後、愛梨先輩とどうなった?」
「えっ? ど、どうなったって?」
菅原先輩の質問に動揺したのか、答える旭先輩の声は微かに震えている。
二人の会話が気になって、私は思わず聞き耳を立てた。
「あの先輩のことだから、『ヨリ戻そう』って話に来たんじゃねーの?」
やはり菅原先輩も、愛梨さんと旭先輩の関係は知っていたみたいだ。
菅原先輩の声がやけに体育館に響いた気がした。それは気のせいではなかったらしく、聞きつけた田中先輩が興味津々で話に入っていった。
「えっ、あのキレーな人、旭さんの元カノだったんスか?」
「そーそー。信じられるか? へなちょこのくせに、いっちょ前に彼女いたんだべ」
「モテる男、羨ましいッス!」
「いや、モテてなんかないよ……」
なんでだろう、菅原先輩、いつもは私に味方してくれているのに、今なんでこんな話を大きな声でしているのかな。
聞きたくない話をわざと聞かされているような気がして、思わず顔をしかめてしまう。
「んで? 実際何の用だったワケ?」
「…いやぁ、まぁ、スガの言う通りで……」
「やっぱりなー。で、ヨリ戻したのか?」
菅原先輩はズバリ、旭先輩に切り込んでいった。
私が聞きたくても聞けなかったこと。