第32章 決死の覚悟
祖母の問いに、今度は私が言葉を詰まらせてしまった。
宮城に戻りたい理由。自分の居場所にいたいから、ただそれだけ。それだけなんだけれど……。
私の居場所を作ってくれた、旭先輩の顔が浮かぶ。
ここにいてもいいんだと、ここが私の居場所なんだと、優しい微笑みを浮かべて言ってくれた旭先輩。
祖母の言う「あの男」とは、きっと旭先輩のことだろう。
インターハイ予選のあの日、必死に引き留めてくれた旭先輩と私の間に何かあることを、祖母は感じ取っているようだったから、そう勘ぐるのもおかしくはない。
何かあるといっても、私が一方的に片思いしているだけで、付き合っているわけでもなんでもないんだけど。少しだけ、旭先輩から好意を向けられているような、そんな気はしていたけれど、それを確かめる前にここへ連れてこられてしまったから……。
旭先輩に会いたい。それは確かに、宮城に戻りたい大きな理由の一つだ。
だけど、それを馬鹿正直に話したところで祖母は取り合わないだろう。何もすべて正直に祖母に話さなきゃいけないわけじゃないし。
命がけで、好きな人の元へ行きたいだなんて口にすれば、また祖母は私を笑うだろう。
「…どうだっていいでしょう。私は宮城に戻りたい、それだけです」
本当は、胸を張って言うべきだったのかもしれない。
命をかけて好きな人の元へ行きたいのだと。そう出来なかったのは、何故か分からない。祖母に笑われようと馬鹿にされようと、想いのたけを叫べばよかったかもしれない。
どこかで、私にはまだ勇気が足りなかったのかな。
「理由も聞かずに、私が帰すとお思いなの?」
命をかけている、こちらが有利なはずなのに。じりじりと、祖母に追い詰められているような気がしてくる。
喉元のナイフはいまだに冷たく私の動脈のそばに寄り添っている。どくどくと流れる血の音が、大きく聞こえるような気がする。
「…約束、したんです。春高の、東京のオレンジコートにみんなで行くって」
これも嘘じゃない。みんなで春高に行こうって、春高に連れて行くって、約束した。その為に自分に出来ることはないかって、毎日悩んでた。
だけど本当は、本当の大きな理由は、やっぱり旭先輩に会いたいからだと、言葉を紡いでからようやく分かった。
私の本心を見透かすように、祖母の鋭い目が私を見ている。