第32章 決死の覚悟
「何を馬鹿な事を。そんな脅しで、私が首を縦に振るとでも?」
「脅しじゃありません。本気です」
「そんな度胸、無い癖に」
吐き捨てる様に言われ、悔しさにカッと体が熱くなった。唇を噛みしめて震える私に、祖母は冷たい視線をよこす。
私はナイフを喉元からゆっくりと離した。それを見た祖母の顔には「ほら、やはり口だけでしょう」という思いがにじみ出ている。
「ナイフを仕舞って頂戴」
そう言いながらこちらへ近づいてくる祖母をじっと睨み付けて、私は一気に喉元めがけてナイフを突き立てた。
本当に、死ぬつもりだった。
ここは、私の居場所じゃない。私がようやく見つけた居場所はここじゃない。烏野へ、みんなの、旭先輩のところへ戻れないのなら、もう生きていても仕方ない。
本気でそう思って、ナイフで首をついた。
鮮血が、床に飛び散った。
けれどその血は私のものではなかった。祖母のものだった。
ナイフと私の喉元の間には、祖母の手が挟み込まれていた。
痛みに顔をしかめた祖母と目が合うと、乾いた音と共に頬に痛みがはしる。
「…っ、なんて馬鹿な子!!」
祖母の体は小刻みに震えていた。怒りからなのか、恐怖からなのか、判別はつかなかった。
「いくらなんでも、考えが浅はかすぎます!!」
「…浅はかだろうとなんだろうと。私は本気ですから」
飛び散った鮮血と、祖母の手からしたたる血を前にしても、怯むわけにはいかなかった。他人を傷つけるつもりはなかったけれど、ここまできて今更後にはひけない。
祖母の怪我を気にも留めていないフリをして、祖母に弾かれたナイフを拾いあげて、また自分の喉元に突き付けた。
「宮城に、烏野に帰して下さい」
「だから馬鹿なことはおやめなさいと」
「許していただけないのなら、死ぬまでです」
「…っ」
祖母が珍しく言葉をつまらせている。
いつもなら言葉でやり込められてしまうのに、さすがに生死がかかっているだけに、祖母もいつものようにはいかないようだった。
「……貴方がそこまで宮城に固執する理由は何? 学校も、周囲の環境も、こちらの方が遥かに上のはずよ。貴方が望むものは買い与えてあげられる。不自由だってさせていないはずよ。そこまでして、あの家に戻りたいの? あの母親の元に? ……それとも、あの男のそばにいたいだけかしら?」