第32章 決死の覚悟
*ヒロインside*
インターハイ予選二日目のあの日、祖母に連れて行かれてから一ヶ月の間、私はずっと宮城に戻る事ばかり考えていた。
はじめの一週間は、隙あらば逃げ出そうとしていた。
一度目は屋敷を出る前に捕まり、二度目は無事外まで出られたものの、見つかって家まで連れ戻されてしまった。
三度目の正直とばかりにはかった脱走は、家に連絡を取る手前で捕まってしまった。
今では珍しくなった公衆電話に駆け込んだのが悪かったのか、兄の携帯番号を押し終えた瞬間に、祖母のお付きの、織部さんの手が伸びてきて、コール音がブツリと途切れてしまった。
「…お迎えにあがりました、美咲様」
織部さんは表情一つ変えずに淡々とそう言うと、私を車の中に押し込んだ。そして有無を言わさず祖母の待つ屋敷に連れ帰った。
もう祖母も呆れを通り越してしまっていたのか、連れ戻された私にさして何か言うでもなく、自室へ下がるように織部さんに指示を出すだけだった。
それからは監視の目がさらに厳しくなり、脱走の「だ」の字を考える暇もないくらいに予定を詰め込まれた。
家に帰れば寝るだけの日々が続いた。
携帯を取り上げられていたから、家族とも、学校のみんなとも連絡を取る手段は無かった。
部屋の窓から見える夜空を眺めては、みんなに会いたい、と思いを募らせた。
「同じ空の下にいるのにな……」
そんなような歌詞の歌があったな、と思いながら、私は引きずり込まれるように眠りに落ちていった。
夢の中では、私は烏野の制服を着て、放課後にはいつものように体育館へ向かっていた。
『黒崎、今日も早いなぁ』
旭先輩の優しい声が聞こえて、胸を弾ませながら振り返る。
けれど、振り返った先にいたのは旭先輩ではなく……。
表情筋が存在しているのかいないのか、笑いもせず怒りもせず、無表情のままこちらを見つめている織部さんがいて、無言で伸びてきた織部さんの手に肩を掴まれて、そのまま引きずられてしまう。
必死で抵抗するけれど、重たい体は言う事を聞いてくれなくて、私はただずるずると引きずられていってしまうのだ。
「…いやっ!!」
自分の声に飛び起きると、そこはいまだに慣れない祖母の家だった。
じっとりとかいた汗に、悪い夢を見たのだと理解する。