第31章 新しき幕開け
目の前にいる彼女が幻覚なんかじゃなくって、本物なんだって確かめたくて。
もう二度とどこかへ行って欲しくなくて、俺はきつく彼女を抱きしめていた。
「あっ、あさ、ひ先ぱ……」
久しく聞いていなかった彼女の声が、くすぐったく聞こえる。彼女の口から紡がれたのは呼ばれ慣れているはずの自分の名であるのに、何故かひどく嬉しく感じる。
ずっと会いたかった。ずっと声が聞きたかった。
その彼女が今、まさに目の前に、俺の腕の中にいる。
抱きしめる力を強めれば、彼女のぬくもりと一つになれるようだった。
もうどこにも行って欲しくない。
このまま腕の中に閉じ込めておきたい、なんてことを考えてしまう。
「美咲ちゃーん!!」
どんっ、と衝撃を感じて顔を上げると、スガが俺達に抱きついていた。
スガと俺の二人で黒崎をしばらく挟んでいたら、小さなうめき声が漏れてきた。
「お前ら! 黒崎が潰れる!!」
大地に引きはがされて、黒崎がスガと俺の間から現れる。小さく深呼吸を繰り返す姿に、俺とスガは「ごめん」と小さく謝った。
「ご、ごめん、大丈夫……?!」
「悪い、美咲ちゃん。テンション上がっちゃって、つい」
鼻の頭を赤くさせた涙目の黒崎と目が合う。
ただでさえ早くなっていた鼓動が、その瞳を見ただけで倍の速度になっていった。
「……あれだけ大騒ぎしたのに、帰ってきちゃいました」
ポツリと黒崎がこぼしたその言葉に、俺達は顔を見合わせて喜んだ。
黒崎はおずおずと、申し訳なさそうに俺達の顔色を窺っていた。
あんなに悩んでいたのが嘘みたいに、あっけなく戻ってきた黒崎に拍子抜けしてないかといったら嘘になるけど……今は何より、彼女とまた会えたことが嬉しい。
「お帰り、黒崎」
「お帰り、美咲ちゃん!」
俺達がそう言うと、それまで泣きそうだった黒崎の顔が、明るい顔に変わっていった。
幻覚じゃない。本物の黒崎の笑顔がそこにある。
さっき抱きしめて本物だと確認したのに、まだどこか夢みたいでふわふわした気持ちがする。