第31章 新しき幕開け
夢を、見た。
ボールが跳ねる音、シューズの擦れる音で溢れている体育館。俺はいつものTシャツと短パン姿だ。
いつもと変わらない部活の光景。だけどこれは夢だと俺は自覚していた。視界に薄い膜が張っているように見えたから。ほんの少し霞がかった光景に、目をこすってみるけれど視界がクリアになることはなかった。
「どうしました?旭先輩」
聞こえてきた声は、視界と同じように不明瞭だった。耳の中にまで膜が張ったような感じがする。
でも、不明瞭なその声はずっと聞きたかった黒崎の声だとハッキリと分かった。黒崎がいなくなってから、何度も彼女の夢を見た。けれど、いつも遠くから見ているだけの夢で、今みたいに声が聞ける距離の夢は、初めてだった。
急いで黒崎の方を向くと、何故か彼女はこちらに背を向けている。どこかへ行ってしまいそうな気がして、慌てて黒崎の肩に手をかけた。
夢だと分かっているけれど。むしろ夢だからこそ、もっと黒崎と話がしたい。もっと近くにいたい。
そんな思いがわきあがり、自然と手に力がこもった。肩をつかんで黒崎をこちらに振り向かせる。
けれど、振り返った黒崎の顔は、彼女のものではなかった。
「もう忘れていただけないかしら」
それまで不明瞭に聞こえていたはずの耳に、その言葉だけはいやにハッキリと届いた。冷たい響きを伴って、差し向けられる視線に背中がぞくりとする。
黒崎の祖母の顔が、そこにあった。
「いつまでも女々しい人ね」
そう言って、姿が消えた。
飛び起きてみれば、汗でシャツが体に張り付いていた。握りしめた手も汗で濡れていて、あんな夢をみるのも仕方がないと思えるほど不快な気分だ。
夢の中でさえ、うまくいかない。
現実はもっと、非情だ。
東京のどこか。手がかりはそれだけで、何の進展もない。
そればかりか、昨日は夜久に『宣戦布告』までされてしまった。ハッキリとライバルだと名乗りをあげてきた夜久に、俺は太刀打ちできるのだろうか。
黒崎がいなくなって、一ヶ月と少し。