第30章 夏の大三角形
「仁花ちゃんがくる前に、うちでマネージャーをやっていたの。仁花ちゃんと同じ一年生でね。でも、お家の都合で、烏野を離れることになってね」
「そうだったんですか……」
自分の前に、同じ一年生のマネージャーがいたことを、その時初めて知った。それまで部員の誰もそんな話をしなかったから、存在すら知らなかった。
でも、別に隠すようなことでもないと思うのに、なんで誰もその話を今までしなかったのだろう。今私に話してくれている清水先輩も、どこか言いにくそうな、そんな感じで話している。
なにか触れてはいけないことだったのだろうか。その理由は分からないけれど、そんな雰囲気がする。けれど、自分と同じ一年生マネージャーの事が、気になった。東峰さんや夜久さんが好きだという女の子が、どんな子なのかっていう野次馬根性もほんのちょっとだけあった。
「その子は、どんな子だったんですか?」
「とっても良い子だったよ。料理が上手でね、合宿の時もすごく頼りになって。気さくにみんなと話せる子だったから、部の雰囲気も明るくなって……」
清水先輩は懐かしむように、その子の人となりを話してくれた。聞けば聞くほど、顔も知らない『美咲ちゃん』の姿は、私の中で神格化されていった。
料理が上手で、場を明るくさせて、気が利いて。
「そんなハイスペックな子の後に、私なんかが入って申し訳ないです……!」
入部のきっかけは、清水先輩の話をよく聞かないまま流されるように、だったし。
バレーのルールも知らなかったし、マネージャーの仕事もまだまだミスが多くて迷惑かけてばっかりだし。
土下座する勢いで頭を下げると、清水先輩が慌てた声を出した。
「ああ、違うの! 仁花ちゃんがどうとか、そういうつもりじゃなくってね。ごめん、気を悪くしないでね。仁花ちゃんがいてくれて、私はすごく助かってるよ。仕事にも熱心に取り組んでるし、いつも一生懸命で」
「っ! すみません! 清水先輩に気を使わせてしまって!!」
「ううん、気なんか使ってない。本当のことだから。……美咲ちゃんのことは、あまり気にしないで。誰も仁花ちゃんと比べたりしないから」
清水先輩の言葉に嘘は無かった。それまで誰も美咲ちゃんのことを言う人はいなかったし、その存在さえ知らされていなかったのだから。