第30章 夏の大三角形
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がする。このままここでじっと二人の話を聞き続けるのは、よくない。
洗濯カゴを片付けることは諦めて、とりあえずこの場から離れようと思った。
ドラマとかだったら、ここで不用意に動いて物音を立ててしまって、「誰かいるのか?」みたいな展開になりそうだ。
そうならないように、細心の注意を払って、そっと二人とは逆方向に歩き出す。
「あれっ、谷地さん。そんなところで何してんの?」
足音を消すことばかりに気をとられていて、周囲のことに意識を払っていなかった。日向の大きな声があたりに響いて、私は思わず人差し指を口に当てた。
「ひっ、日向! しーッ!」
「?」
日向は不思議そうな顔をして、こっちに近づいてくる。こっちに来ないで、と願うものの、何も知らない日向はどんどんこちらに向かってくる。足音がいやに響く気がして、私は何度も口に指をあてて静かにするよう日向に頼み込んだ。
「(……なに? どうしたの?)」
「(ちょっと、向こうに行こう)」
日向は首をかしげながらも、私の提案に従おうとしてくれた。けれど時すでに遅しだった。日向がふと私の後ろに目をやって、口を開く。
「あっ、旭さん……と、夜久さん?」
日向の視線の先を追うと、校舎裏からひょっこり顔を出してこちらを見ている東峰さんと夜久さんがと目があった。
「日向に、谷っちゃん?」
東峰さんが、何をしているんだろう? と不思議そうな顔で私達を見ている。さっさと場を離れてしまえばよかったと、今更ながら思う。なんだか気まずい。
「……あっ、悪ぃ。俺らがここにいたから洗濯場に行けなかったんだな」
そう言った夜久さんの視線は、私の腕の中の洗濯カゴに注がれていた。思わずぎゅっとカゴを抱きしめてしまった。私が話を聞いていたの、勘づかれてしまったかも。
「じゃあ、俺行くわ。……東峰、正々堂々戦おうぜ」
「……おう」
夜久さんは東峰さんに別れ際そう告げて、凛々しい背中を見せてその場を離れて行った。見た目で人を判断してはいけない、と常々思ってはいるけれど……夜久さんも見た目に反して、男らしいというか、凛々しい人だなぁとこの時思った。