第30章 夏の大三角形
「梅雨、あけたみたいだね」
「みたいですね! お天気お姉さんが『七夕』に梅雨明け! って言ってたの見ました」
今年の梅雨明けは平年より早めだった。
全国ニュースでは『七夕に梅雨明け。なんだかロマンチックですね』なんて言ってた。
全国的には7月7日が七夕なのは知っているけれど、私には七夕は8月のイメージだからなんか変な感じがする。
「織姫と彦星、会えるといいですね」
何気なく空を見上げる。あいにく雲がかかっていて、星空は見えない。雲の上で二人は束の間の逢瀬を楽しんでいるのかもしれない。
私と同じように空を見上げた東峰さんの顔は、ちょっぴり寂しそうな顔だった。
「……年に一度の大切な日だもんなぁ。やっぱり天気がいい方がいいよな」
東峰さんの優しさが滲み出ている言葉に、自然と口元が緩む。煌めく星の世界では、下界のお天気なんか関係ないかもしれないけれど、晴れることを望む東峰さんは可愛いと思う。
「でも七夕って8月だよな、俺達にとっては」
「! そうですよね! 全国ニュースだと今日が七夕って言ってますけど、変な感じしますよね」
バスが出発する時間まで、東峰さんと七夕の話で盛り上がった。
時計の針が3時を少し過ぎた頃、武田先生の運転するマイクロバスが烏野を出発した。普段ならまだ寝ている時間だからか、バスの中は静かだった。そっと横の先輩達を見ると、目をつぶって休んでいる人が多い。
「仁花ちゃん、着いたらすぐ動かなきゃいけないから、今のうちに寝てた方がいいよ」
「あ、そうですね! ……すみません、なんだか目が冴えてしまって」
「ふふ、初めての合宿だもんね。それも遠征だし。気持ち、分かるよ」
清水先輩の言う通り、バスは早朝に合宿所に着く予定だった。揺れるバスの中で熟睡は出来そうになかったけど、少しでも睡眠をとっておかないと日中の活動に支障をきたしそう。
「目をつぶってるだけでも体休まるっていうし。少しでも休めておいてね」
「はいっ」
言われた通りに、目をつぶる。するとモーターの駆動音と振動が一定のリズムを刻んでいるのがよく分かった。
静かな車内の中で、少しずつ寝息も聞こえてきて、その寝息に誘われるように私の意識も少しずつ遠のいていった。