第29章 切れた糸の先
「……難しそうだな。悪ぃ、黒尾。気持ちの整理ついたら、ちゃんと話すからさ。ちょっとそっとしておいてもらっていいか」
「分かった」
黒尾が頷くのを見て、俺も小さく頷き返す。
さっき耳にした東峰の話が、頭の中で渦を描くように巡っている。
自分の力でなんとか出来る話ではなかった。ただ美咲ちゃんから連絡がくるのを待つしかない。
ふと、小学生の頃、首を長くして返事を待っていた手紙が、赤い判子を押されて返ってきた記憶がよみがえった。
『あて所に尋ねあたりません』
殴り書きで書いたのがいけなかったのかと思い、丁寧に住所と宛名を書き直した封筒に手紙を入れて、再度投函した。
けれど、手紙はまた同じように赤いしるしをつけて俺の元に戻ってきた。
何かの間違いだろうと思って、俺はもう一度その手紙を別の封筒に入れなおして、送った。けれど手紙はまた返ってきてしまった。
三度目にしてようやく、親にその赤いしるしの意味を聞いた。あの時の、親の憐れむような目は忘れられない。意味を知ってしまった後、俺は自分の中で何かが無くなってしまったような気がした。
急にいなくなっただけでも堪えていたのに、連絡すらつかなくなるなんて。幼かった俺には、それが今生の別れに思えて仕方なかった。
あの時と似た状況に、自分がまた立たされることになるとは思ってもみなかった。
偶然再会して繋がった糸が、あの時と同じようにまた切れてしまう。携帯があれば美咲ちゃんと繋がっていられると思っていたのに。俺と美咲ちゃんを繋げていたのは、細い糸だったのだろうか。
ぷつりと切れてしまったその糸が、再び繋がることはあるのだろうか。
暗闇に飲み込まれそうな、言いようのない不安に襲われる。もう子供じゃないって思っていたのに、何も出来ず悲しい思いを抱くだけの自分は、まだ子供なのかもしれない。
そんな気持ちを抱えたまま、週末、インターハイ予選を迎えた。
鞄には美咲ちゃんに作ってもらった音駒のユニフォームの形をした小さなお守りが揺れている。
ユニフォームの背面には『必勝』の文字が丁寧に刺繍してある。同封してあった手紙には、応援の言葉が書き連ねてあり、『全国大会で会おうね』と締めくくられていた。