第29章 切れた糸の先
澤村の話はこうだった。
6月3日、インハイ予選2日目。
朝、学校で部員が集まるのを待っていたところに、美咲ちゃんの祖母を名乗る人が現れて、転校する旨を告げたらしい。
どうも美咲ちゃん本人は転校することに納得していなかったようだけど、祖母は強硬な姿勢で美咲ちゃんを引き留めていたそうだ。
バスの出発の時間が迫った為、澤村達は美咲ちゃんを残して会場に出発した。それが美咲ちゃんを見た最後だった。その後から美咲ちゃんからの連絡は無く、また澤村達からも連絡がつかなかったそうだ。
翌日からは学校に来ることもなく、現在に至るらしい。家の人も美咲ちゃんがどこに転校していったのか知らないらしく、烏野には誰一人美咲ちゃんの行方について知る者はいないようだった。
「…いや、それって誘拐とかじゃねぇの?」
澤村の話を一通り聞き終えて、思ったことを口にした。
家族ですら転校先を知らないってどう考えても異常だ。何か変なことに巻き込まれたんじゃないかって思うのが普通だろう。
『うーん、でもなぁ、お祖母さんってのは本当みたいだし。……あ、俺より旭の方が詳しいかもしれないな、この話は』
「旭……」
どくん、と心臓が音をたてた。
『旭』
その名前は、何度も美咲ちゃんの口から聞いたことのある名前だった。練習試合の時に、仲睦まじく話していたあの大柄なエース。
家が近所とかでよく一緒に帰っている様子だった。自分より美咲ちゃんの近くにいる、嫌な存在だ。
『代わろうか、旭に。家の人とも懇意にしてるみたいだし、何か新しい情報知ってるかもしれない』
美咲ちゃんだけでなく、家族とまで親交があるのか。自分より一歩も二歩も先を行かれているような気がして、ちりちりと胸の奥が痛む。
俺だけの美咲ちゃんだったのに。もう、そうじゃないんだな。
電話越しで俺の態度を訝しむように、澤村が口を開いた。
『……夜久? どうした?』
澤村の提案に思わず黙り込んでしまっていた。こうなったら乗り掛かった舟だ。嫌な存在でもなんでも、使えるものは使ってしまえ。
「あ、あぁ、ごめん。えと、代わってもらってもいいか? 東峰に」
『ちょっと待っててもらえるか』
「あぁ」