第29章 切れた糸の先
幼い頃、美咲ちゃんが突然姿を消した時のことがふと頭をよぎる。また家のことで何かあったのだろうか。
それでも1週間近く、なんの連絡も無いというのは考えにくい。電話には出られないとしても、メールかラインか、それくらいは出来るんじゃないか。
もしかしたら、事故か何かにあったのだろうか?
本人と連絡が取れないということは、連絡できる状況にないということだろうから……。
嫌な考えばかりが頭に浮かんでくる。そんな考えを振り払う様に、また頭を振った。
「……冷たい」
「スマン、研磨」
拭き取り切れなかった滴が、通りかかった研磨にかかってしまったらしい。眉だけで不快そうな表情を示している研磨に、謝罪をする。
「! そうだ、研磨!」
「な、なに……?」
研磨の体がびくっと跳ねあがり、俺との距離を取る。本能的に面倒そうなことだと感じ取ったのだろうか。研磨はこちらの様子を伺いながら、いつでも逃げ出せるように構えている。
「お前、烏野のチビちゃんと仲良いんだよな?!」
「え、……翔陽のこと?」
「そうそう! そいつの連絡先知ってるか?」
「……一応、知ってるけど」
研磨の肩をがっしりと掴んで、逃げ出しそうになったところを阻止した。頼みの綱に逃げられては困る。ここは先輩という立場を笠に着ても、何としてでも研磨に頼みを聞いてもらわねば!
「頼む! チビちゃんに聞いてみてくれないか、烏野のマネージャーのこと。連絡取れなくなって心配なんだ」
「……分かった」
「恩に着るぜ、研磨!」
小さく頷いた研磨は、早速ポケットからスマホを取り出して目にもとまらぬ早さで文字を打ち込んだ。ものの数秒で、またポケットへとスマホを仕舞う。電子機器の取り扱いに長けているとはいえ、あまりの早業に思わず目を丸くしてしまう。
「…そんな顔しなくても、ちゃんと送ったから」
「あ、ああ。返事来たら教えてくれな」
「うん」
そっけなく返事をして研磨は部室へと消えて行った。
どのくらいでチビちゃんから返事が来るか分からないけれど、きっとそんなに時間はかからないはずだ。
美咲ちゃんに何事も起こっていませんように。ただ携帯が壊れたとか、無くしたとか、そういうオチが待っていますように。
それがなんと虚しい願いだったのか、その時の俺には知る由もなかった。