第29章 切れた糸の先
「夜久さん、最近元気ないっすね。何かあったんすか?」
部活後、犬岡が心配そうに声をかけてきた。
その時の俺はこの上なく不機嫌な顔をしていた。目が合った犬岡の顔が、やばい、って顔してる。
「犬岡、夜久さんの地雷踏んだんじゃない?」
「あー……聞かない方が良かったスかね、夜久さん」
「でもそんな顔してたら余計気になるっスよ、夜久さん!」
「夜久さん夜久さんうるせー!! 放っとけ!!」
「なんすかー。可愛い後輩たちが心配してるのにー」
「お前のは心配というより単なる好奇心だろ、リエーフ」
「あー、ひでーな犬岡。そういうこと言う?」
ぎゃいぎゃいと騒ぎ出した犬岡とリエーフから離れて、体育館の外にある水飲み場に向かう。蛇口を力一杯ひねれば、勢いよく水が流れ出す。躊躇することなく頭を突っ込んで、流れ落ちる滴に目を凝らした。
「暑くなってきてるけど、風邪ひくぞ?」
「おー。分かってる」
ぷるぷると頭を振れば、飛び散る水しぶき。それを受け止めたタオルを海が俺によこしてきた。ごめん、海が近くにいるのに考えずに頭振っちまった。
「サンキュ。濡れなかったか?」
「少しな。にしても、なんで水浴びなんか」
「……気分?」
「気分ね。まぁそんな気分の時もあるよな」
答えをはぐらかしたのに気が付いたのか、海はそれ以上問い詰めるようなことはしてこなかった。海はいつもそうだ。どこか悟りを開いた坊さんのようで、とても同い年とは思えない。
けれど今は、そんな海の対応に感謝していた。
自分の中で渦巻いている感情を、どこかに吐き出した方がいいとは分かっているものの、いまだなんと言葉にしてよいのか見当がつかなかったから。
原因だけはハッキリとしている。
6月3日。
その日を境に、ぱたりと美咲ちゃんからの連絡が途絶えた。
向こうからはもちろん、俺から連絡をしても何の反応もないのだ。
ラインも、メールも、電話も。
そのどれひとつとして、美咲ちゃんと繋がることは無かった。既読の文字すらつかない状況に、俺の頭は混乱していた。
それまで普通に連絡を取り合っていたから、嫌われたとかそういうんじゃないはずだ。
その前に音駒のユニフォーム型のお守りだって届いたし。
急に連絡が取れなくなった、その理由は一体何なんだろう。