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【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第28章 それでも前に進め。


「でもあだ名って難しくないか? 谷地さん女の子だし、色々気ぃ遣うだろ」
「そーか? こういうのはあんまり深く考え込まずに、パッと思いついたのが良かったりすんだよなー……」

 深く考え込まずに、なんて言っておきながらスガは思案顔になっている。俺も微力ながら、スガと一緒に谷地さんの愛称を考えることにした。しばらく二人でうーんと唸っていると、スガが急に「あっ」と声をあげた。

「“谷っちゃん”ってのは、どうよ?“谷地ちゃん”を縮めて、谷っちゃん!」
「谷っちゃん、かぁ……うん、それなら気負わず呼べそうかも」
「おし、じゃあ決まり!」

 それから、俺達はじめ田中や西谷も『谷っちゃん』と呼ぶようになった。俺は谷っちゃんと話す時は、その呼び名に加えて表情や態度もなるだけ穏やかに見える様に頑張った。

 その努力の甲斐もあってか、谷っちゃんは日に日に俺に対して怯えることが減った。始めのうちは常に挙動不審な動きをしていたけれど、それも少なくなった。

 スガの『呼び方を変えて仲良くなろう大作戦』が実証された形になった。もし、黒崎に対しても同じように呼び方を変えていたら。勇気を出して名前で呼んでいたら。俺と黒崎の関係も今とは変わっていたかもしれない、と思ってしまう。

 離れ離れになってしまう前に、黒崎に想いを伝えられていたかもしれない。

 『たられば』の話をいくら考えたって、現状が変わるわけじゃない。それはよく分かっているんだけど、考えずにはいられなかった。

 黒崎。今どこで、何をしてる? 何を考えて日々を過ごしてる?

 こんなことを悶々と考えてるなんて、女々しくて黒崎に笑われちゃうかな。

 
 帰り道。皆と別れた後は一人家路を急ぐ。
俺の隣はぽっかりと寂しく空いている。横を歩く黒崎はいないのに、俺はいまだに黒崎のスペースを無意識に空けてしまっていた。

 今はただ、寂しさもむなしさも抱えて、前に進むしかない。進むしかないんだ。呪文のように唱えながら、俺は家までの道のりを歩んで行った。

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