第28章 それでも前に進め。
清水の影に隠れておずおずとこちらを窺っている小柄なその子は、谷地仁花です、と名乗った。
こんなに早く、清水が新しいマネージャーを連れてくるとは思っていなかったから、沸き立つバレー部員の中で俺は一人、取り残されたような気がしていた。
黒崎の事が、もうなかったことにされるような気がして、怖かった。
部の将来の事を考えれば、清水の行動は正しいと頭では理解している。来年、一、二年がフルで力を発揮する為にも、活動をサポートしてくれるマネージャーがいた方がいいのはよく分かる。だけど、新しいマネージャーに喜ぶ皆の姿を見るのは胸が痛かった。
俺だけ、前に進めていないのが、よく分かったから。
「(旭、そういう顔見せんな)」
スガに小声でそう注意され、ごめん、と小さく返した。口にはしていなくても、顔に出てしまっていたらしい。谷地さんを責めるような目で見てしまっていたことを、申し訳なく思った。……谷地さんは、何も知らないのだ。
俺はそれまでの気持ちを心の中に押し込めて、谷地さんにつとめて笑顔で声をかけた。男子に囲まれて怯えているのか、そもそも人見知りなのかは分からないけれど、谷地さんは随分と緊張しているようだったから。
「谷地さん、一年生?」
精一杯の笑顔を浮かべたつもりだったのに、谷地さんはみるみるうちに顔面蒼白になってしまった。ああ、これは。完全に俺に怯えてしまっている。
「い、いっちねん五組であります!!」
「えっ、あっ、そんなに緊張しないで……」
「ちょっと旭、お前下がっとけ」
「ええっ」
大地におしのけられて、後ろに追いやられてしまった。俺から谷地さんをかばうようにスガまでも前に出てきた。
スガや大地には緊張した面持ちながらも、俺の時ほど怯えることなく受け答えしている谷地さんの姿を見て、どこか寂しく思った。
初対面の人にはよく怖がられるから、彼女の反応もいつも通りのことだと言えばそうなんだけど。
ふと、また黒崎のことが頭に浮かんでしまう。
やっぱり、黒崎は特別だったんだ。俺と初めて会った時、怯えている素振り全然無かった。
スガや大地の肩越しに目が合った谷地さんが、またビクッとして微かに震えながら目をそらした。そんな谷地さんを見たら、余計に黒崎のことを考えてしまう。