第27章 落花流水 東峰side
その日も、いつもと変わらない日常が待っているはずだった。
眠たい目をこすりながら、洗面台に向かい、いつものように髪を梳かして、気合を入れるようにギュッと後ろで結ぶ。
そのまま洗顔を始めれば、手のひらにチクチクした感触がする。
あぁ、そういやこないだ髭ちょっと切ったもんなぁ。
鏡に映る髭をしげしげと眺めて、長さを確認する。二年生の中頃から生え始めた、あご髭。
高校に入ってますます伸びていく身長に見合う様に、貫録をつけたくて剃らずにそのまま伸ばすことにしたんだけど、お袋には「おじさんみたいだから剃りなさい」なんて反対されたんだっけ。
そんな髭も俺の身長と同じように立派に育って、今では俺のトレードマークの一つになっている。今はもうお袋も諦めてしまったのか、何も言ってこなくなった。
「旭、いつまで洗面台を占領してるの?」
「あっ、ごめん!」
後ろでお袋が仁王立ちになっていた。俺の影にすっかり隠れてしまっていたから、全然気が付かなかった。
「もう、色気付いちゃって。そんなに確認しても顔は変わらないわよ?」
「別に色気付いてるわけじゃないよ……」
お袋は俺をおしのけて、鏡の前に化粧品を並べ始めた。鏡越しに俺を見る。
「あら、そう? 最近やけに身だしなみに気を使ってるじゃない? ほら今日だって、何かつけてるでしょ。いい匂いがするもの」
「これはこないだ変えた整髪料の匂いだよ」
「ふーん? まぁそういう事にしといてあげるわ。今度はどんな女の子なの?一度家に連れてきなさいよ」
「えっ?! いや、黒崎とはまだそういうんじゃないし」
「へぇ、黒崎さんていうのね。同級生? 下級生?」
「も、もういいだろ、この話は! 時間ないんだから!」
にやにやしているお袋から逃げ出して、テーブルに並んだ朝食に手をつける。綺麗な三角の形をしたお握りを頬張った。一口目で真ん中の梅干しに当たって、思わず顔に皺が寄る。
朝食を食べ終えて、食器を洗い場に持って行くと、化粧を終えたお袋がやってきた。
「旭、これ落ちてたわよ」
「えっ、落ちてた?!うわぁ、ありがとう。これ大事なやつなんだ」
お袋が手渡してくれたのは、小さな烏野ユニフォーム。黒崎と清水が一生懸命作ってくれた、大事なお守りだった。