第26章 落花流水
「……先輩達、先に行ってください。後で、私も行きますから」
私の言葉に、旭先輩は大きく首を振る。
「黒崎、駄目だ、今一緒に行こう」
旭先輩の真剣な眼差しを見ていると、決心が鈍りそうで、ぎゅっと目をつむる。差し出された旭先輩の手に首を振って、言葉を絞り出した。
「絶対、後から行きます。だから、先に行っててください」
「……黒崎……」
「約束します、絶対行きますから」
「……絶対だぞ。待ってるからな」
「はい!……私が行くまで、負けないでくださいよ?」
「…おう。分かった」
ようやく先輩達もバスに乗り込んで、バスは慌ただしく出発していった。
窓ガラス越しにみんなの姿を見ながら、バスが見えなくなるまで手を振り続けた。
「……貴方も、残酷な嘘をつくのね。……それとも、まさか本気で試合会場に行けると思っているのかしら」
「私は本気ですよ。絶対、行きます。先輩と約束したんですから」
「そう。貴方がその気なら仕方ないわね」
私が覚えているのはここまでだった。
次に気が付いた時には、私の体はすでに車の中にあった。
「……痛っ……」
首に痛みを感じてさする。揺れが少なかったから、自分が車の中にいるのだと理解するのに少し時間がかかった。
あたりを見回して、自分の状況を把握した時には、何もかもすでに遅かった。
「まだしばらく安静にしていた方がよろしいと思いますよ」
運転席から静かに聞こえてきた忠告に、目をこらす。昨日、家にいたスーツ姿の男性が運転席にいる。バックミラー越しに目があうと、男性は軽く会釈をよこした。
「どこに、向かっているんですか?! 試合は?!」
「落ち着いてください。騒いでも時間は戻りませんので。試合はすでに終了しています」
淡々とそう告げるスーツの男性。彼の言葉を聞いて、私の体から一気に力が抜けていくのが分かった。
もう、試合は終わってしまった? 私は旭先輩との約束を破ってしまったの?
「け、結果は……?!」
「――……三回戦敗退です」
「っ!」
烏野が、負けてしまった。青城は強いチームだと分かってはいたけれど、負けてしまうなんて……。
インターハイが終われば、大抵の部活で三年生は引退してしまう。
旭先輩は春高まで残りたい、と言っていたけれど……。