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【HQ】恋愛クロニクル【東峰旭】

第26章 落花流水


「――…ただ、若いわねぇ、と思ってね」

 馬鹿にしていないと言いつつも、態度は明らかに旭先輩を見下しているのがありありだった。それが旭先輩にも分かったのか、先輩はぐっと唇を噛みしめている。

「何度も申し上げているけれど、もうこれは決まったことなのよ。私達は今日ここをたたねばならなくて、残念だけれど試合に同行は出来ないの。貴方一人の感情の為に、この子を残すわけにはいかないの。……たとえ美咲さんが残りたいと思っても、そうする訳にはいかないのだから……貴方の為にこの子を残していけないのも、分かるわよね?」
「で、でも……!」
「女々しい男性は嫌われますよ? 何も今生の別れというわけじゃないんです。ただ住む場所が離れるというだけなのに、そんな大袈裟に騒ぎ立てなくても……そこまで孫の事を思ってくれているのは、嬉しいですけれど」

 祖母の言葉に、今度こそ旭先輩は何も言えなくなってしまったようで、力なく視線を落としてしまった。
ただ住む場所が離れるだけ。確かに祖母の言う通りかもしれない。

 けれど、今ここで旭先輩と離れてしまったら。もう二度と会えないような、そんな気がして仕方がない。

 黒塗りの高級車だとか、高そうな着物だとか。家督なんて言葉が出てくるような世界の人間の祖母が、やすやすと旭先輩達との付き合いを認めてくれるようには思えなかった。

 今は穏やかに接しているけれど、内心はあの冷たい目で見ているに違いないのだから。

「……なんかよくわかんねぇけど、時間、ねぇぞ?」
「……み、みんな、バスに乗って?」

 烏養コーチの言葉に、武田先生が慌ててみんなにバスに乗る様に促す。一、二年のみんなは、困惑しながらも先生に促されるままバスに乗り込んでいく。

 三年生は難しい顔をしたまま、なかなかバスに乗ろうとはしなかった。
泣きそうな顔の旭先輩と目があって、ぎゅっと心臓を掴まれたような気がした。

「ほら、貴方が笑ってお別れを言わないから。どうするの、ご迷惑をおかけして」

 祖母はいけしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。誰のせいでこんなことになっているのだと、問い詰めたい。
けれど確かに祖母の言う通り、このままでは試合に遅刻してしまいそうだった。

 動きそうにない旭先輩を、何とかバスに乗せなければ。
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