第26章 落花流水
けれど、そんな旭先輩の言葉も、祖母の心を動かすことは無かった。先輩の言葉に心動かすような人であれば、今こんな風に学校に押しかけたりはしていないだろうけれど。
「そこまでこの子のことを想ってくださっているのは嬉しいわ、ありがとう」
言葉は穏やかで優しく聞こえるものの、祖母のその目の奥は冷ややかだ。旭先輩もそれを感じてか、思わず後ずさる。
「けれどね、これは私共の家庭の問題ですから。貴方がたがどうこう口を挟める事では無いのよ」
ぴしゃりと祖母が言い放つ。旭先輩は一瞬怯んだけれど、それでもなおも食い下がった。
「彼女の気持ちは、どうなるんですか?! 彼女は、ここを離れることに納得していないのに」
「納得も何も、この子の意思は関係ないのです。もう、決まったことですからね」
祖母は昨日からずっと、同じことを繰り返し発言している。今日だって、もう何度同じことを言っているだろう。なのに私も先輩達も、変わらず言い返すことしか出来ない。
それでも一貫した祖母の態度を突き崩すことは出来そうになかった。突破口の見つからないまま、嫌な時間だけが過ぎていく。
「そんなの、あんまりです……!やっと、黒崎が心開いてくれたのに、さよならだなんて、そんなの」
「……貴方は何か、個人的にうちの孫に抱いているものがあるようですね」
旭先輩の体がびくりとした。祖母の言葉が図星だったようで、先輩は顔を下に向けてしまう。
「そういった感情の押し付けは、感心出来ませんね。まるで私が悪者みたいなおっしゃりようだけれど、この子の行く末を思えば、今ここを離れるのが最善だと、貴方も思うはずです。……この子の家庭は、子が育つのに相応しい環境とは言えませんから」
「…………」
祖母の言葉に、旭先輩は押し黙ってしまった。
祖母の言う様に、風見鶏のように流されて生きている母と共に暮らす事は、世間一般の目からすれば、奇異に映るだろう。
事実、今までその事で、嫌な目にあったことだってある。悲しい思いもたくさんしてきた。
母のことを、詰ったことだって、ある。
だけど、私はここを離れたくなかった。以前の私だったら喜んで付いて行ったかもしれない。けれど、今の私は。
ここを、何より旭先輩のそばを、離れたくない一心だった。