第25章 青天の霹靂
女性の言葉には有無を言わさない力があった。これ以上何を言っても、話を受け付けてもらえなさそうだった。だからといって素直に従う気にもなれない。
重い空気を打ち破ったのは、いつでも嵐を起こす、兄だった。
押さえつけていたスーツの男性を吹っ飛ばすと、手当たり次第に部屋の中の物を蹴散らし始めた。食器が女性の目の前を飛んでいき派手な音をたてて割れる。
けれど女性は微動だにせず、変わらず冷ややかな目を兄に注ぐだけだった。そんな反応が気に入らなかったのだろう、兄はさらに腹を立てたようで、ついにはリビングのテーブルを蹴り上げてひっくり返してしまった。
さすがに身の危険を感じたのか、女性は壁際へ避難していた。女性をかばう様にスーツの男性が立ち塞がり、飛んでくる物をその体で受け止めている。
「義明、やめなっ!」
「うるせぇ!! こんな理不尽な話があるか!!やっと、やっとこいつが落ち着いたってのによぉ!!」
姉の制止を振り切って、なおも兄は暴れ回った。
兄の横顔に、光るものが見えて、胸が苦しくなった。あの兄が、私の為に涙を流していた。
家の中はもうめちゃくちゃだった。強盗にでも入られたみたいに、家具も、壁も、あちこち傷だらけだ。
もうこれ以上壊すものが無くなって、兄はようやく動きを止めた。
「……今日のところは引き取ります。けれど覚えておいてね、貴方達がいくら反抗したところで決定は覆らないという事を」
それだけ言って、女性はスーツ姿の男性を伴って家を出て行った。
外に停めてあったあの黒塗りの高級車に乗って帰って行ったのだろう。
静かなエンジン音が聞こえて、遠くなって行った。
しん、と静まり返ったリビング。
誰も動けずその場に佇んでいる。ぽたぽたと滴が落ちる音に目をやれば、兄の握りしめた拳から、血が滴り落ちていた。
「お、にいちゃん」
駆け寄って、タオルで血が出ているところを抑えた。痛みに兄が小さく声をあげて顔をしかめた。
「ごめん、お兄ちゃん、ありがとう……」
震える声で、兄の手を握りしめる。涙がこぼれて、嗚咽が漏れた。いつもはうっとうしく感じる兄の想いが、今日ほど嬉しいと思ったことはない。
姉と兄に背中をさすられ、しばらく三人で一緒にいた。母は、いつの間にかリビングから姿を消していて、どこへ行ったのか分からなかった。