第25章 青天の霹靂
父とはいえ、私はその男性の、顔も名も覚えていないのだ。
「そんな話に、はいそうですか、なんて言う奴がいるかよ!」
「本当に口が減らないのね、貴方」
いきり立つ兄に、女性はまた冷ややかな視線を浴びせる。スーツの男性がまた兄に近寄って、兄はチッと舌打ちをした。
「これはもう決定事項ですから。誰の意思確認も必要ないことなの。私はただ決まったことを伝えに来ただけなのよ」
「決定事項って……! 私は養子になるつもりはありません」
「……誰の意思も関係ないと申し上げたでしょう?貴方がうちに養子にくるのはもう決まったことなのよ。覆ることは無いの。ほら、貴方の母親からも既に承諾を得ているのよ」
女性は一枚の紙を取り出して、私の目の前に差し出す。テーブルに置かれた紙に目を通すと、私が女性の家の養子になるにあたってのいくつかの取り決めが堅苦しい言葉で書かれていた。
甲だの乙だの、契約書のような文言に、まるで自分が物か何かになったような気分だ。
「お母さん、なに、これ……」
帰って来てから一言も口を開かない横の母に、すがるようにして視線を送る。母は私を一瞥すると、すぐに顔をそむけた。
「もう、私に振り回されるの、嫌なんでしょう? ちょうどよかったじゃないの、私から離れられるいい機会じゃない。この人お金持ちだからいい暮らし出来るわよ」
「お母さん……」
「私はもうあんたの母親でもなんでも無いのよ……」
母は、テーブルの上の紙をトントンと指さす。多分そこには家族の縁を切るというようなことが書かれているのだろう。ただの紙切れ一枚で、そんなことが出来るのか私には分からなかった。
けれど横の母を見れば、母に拒絶されているのは明らかだった。
確かに、GW合宿中に、母と言い合いをしてしまった。その中で母に暴言を吐いてしまったのは事実だ。
けれどまさか、こんな形で。簡単に母に突き放されるとは思っていなくて、頭が真っ白になった。
私はどこかで母に甘えていたのだろう。自分で口にしたことには、責任を取らなければならないとは思う。だけど、どこかで私は、暴言を吐いてしまっても、母には受け入れられると甘えてしまっていた。合宿から今まで、ギクシャクはしていても、普通に生活していたから、余計にそう思ってしまっていた。