第3章 急く心
「昨日も言いましたけど、本当にかっこよくて。あのスパイクをきっかけに、他の部員の人達の練習する姿もしっかり見るようになって。バレーの魅力にひきこまれたんです。旭先輩のあのスパイクを見てなかったら、私ここまでバレーにハマってないと思います」
言い終えて旭先輩を見ると、先ほど噛みしめられた唇が、さらにきゅっと固く結ばれていた。
「俺は……そんなすごい奴じゃない……そんな風に、言ってもらえるほど、すごい人間じゃないんだ」
両の拳をぎゅっと固く握り、旭先輩は俯いてしまった。
確実に踏んでしまったであろう地雷のありかを、私は必死に探した。
あまりにもスパイク姿を褒めるものだからそれがプレッシャーになったのだろうか?
それとも私の好意の押し付けにうんざりしたのだろうか?
答えを見つけるのはとても難しいだろう。
面と向かってその答えを先輩に問えるほど、まだ私は旭先輩と仲良くは無い。
いくらこちらが好意を持っているからといって、相手がそこまでこちらに気を許してくれるとは思っていない。それは分かっている。
何と言ったらいいのか分からず、空気を飲む。
「……俺はね、一度逃げ出したんだ」
ぽつり、と旭先輩は静かに語りだした。
一か月前の試合でスパイクが全く決まらなかったこと。
そしてその試合で負けてしまったこと。
苦しい場面でボールが集まるエースの立場であるのに、みなの期待に応えられず責任を感じてしまったこと。
そして一度バレーから離れてしまったこと。
つい最近、バレー部に戻ってきたこと。
静かに、旭先輩は語った。
私は自分の言葉がどれだけ先輩にプレッシャーを与えてしまっていたのかを知った。
最近まで、バレーから離れていた原因は『スパイク』で。
私はその地雷を知らずに何度も踏みつけていたのだ。
知らなかったとはいえ、これは最悪なパターンだ。
知らないからこそ無邪気に言った言葉、それは旭先輩にとっては心の傷に突き刺さる凶器にほかならなかっただろう。
「ご、めんなさい。そんなことがあったとは、知らなくて」
「あ、違、謝ってほしいとかそんなんじゃなくて!!そういう経緯があったから、俺まだ自信が持てなくて……戻るって、決めたのに。…ごめん、黒崎さんに八つ当たりみたいになった。まだ駄目だなぁ、俺。もっと強くならないと」