第23章 心はいつも、そばにある。
強く否定する私に、旭先輩は小さく「分かってないな」とつぶやいた。私に聞かせるために口にしたわけではなかったみたいで、旭先輩はこちらを見ることはなかった。
その姿が、まるで旭先輩が嫉妬しているみたいに見えて、胸がざわざわとうるさくなる。この間、久しぶりに一緒に帰った日から『もしかして』と思うことが増えた。旭先輩が好意を抱いてくれているような、そんな気がしてしまうのは、やっぱり私が旭先輩のことを好きだからなのだろうか。
もやもやした気持ちのまま、私は旭先輩をじっと見つめるしかできなかった。妙な沈黙が訪れてしまい、二人とも動けないままでいた。
「あれ、黒崎ちゃん! また会えたね」
「……二口さん」
「お、嬉しい。名前覚えててくれた」
タイミングの悪い二口さんの登場に、爽やかな笑顔を向けてくる二口さんに対して、少しひきつった笑顔になってしまった。無言のままの旭先輩の視線が少し、怖い。
「ねぇねぇ、フルネーム教えてくれる約束だったよね」
「えっ、約束?」
「ほらさっき言ったじゃん俺。『次会った時はフルネーム教えて』って」
「……言ってましたけど、それは二口さんが勝手に」
「もー、かたいこと言うなよ。試合前にもう一回会えるなんて運命じゃん」
「同じ会場にいるんですから、会うこともあると思います」
「つれないなぁ。何もいますぐ付き合おうってわけじゃないんだし、よくない? 名前教えてくれても」
二口さんの勢いと流れるような話の持っていき方に、ある意味感心してしまった。名前一つ、さっと言ってしまってこの場を後にした方が楽な気もするのだけれど、先ほどの旭先輩の様子が気になって先輩の前で名乗るのは気が引ける。
「……うちのマネを、困らせないでくれないか」
それまで黙って私と二口さんのやり取りを聞いていた旭先輩が突然口を開いた。先輩を見やると、試合中の先輩みたいに真剣な面持ちだった。
「あれっ、もしかして、二人付き合ってるんスか?」
旭先輩の真剣な様子に、二口さんは何か感じ取ったようでそんなことを尋ねてきた。その質問に旭先輩は急に焦ったような顔になって、首を振る。