第23章 心はいつも、そばにある。
兄はまだ二階席に残ったままだったから、及川さんは声をかけてきたのだろう。さっきの二口さんもそうだけれど、何故ここまで人の名前を知りたがるのか不思議だ。潔子先輩みたいな綺麗な人にだったら、しつこく名前を聞くのも分かる気はするけれど。
「黒崎です」
「下の名前は?」
「……美咲です」
及川さんのしつこさに負けて、名前を名乗る。私の名を聞いた及川さんの顔がぱぁっと明るくなった。
「美咲ちゃんかぁ。可愛い名前だね」
「……ありがとうございます」
「うわぁ、ぜんっぜん嬉しそうじゃないね! 清々しいほどに」
「おい。お前また絡んでんのか。いい加減にしろよ」
「ひっ?! な、なんだ岩ちゃんかぁ。びっくりさせないでよ」
及川さんは背後に現れた人物が兄でないと分かると、ほっとした表情になった。けれど及川さんの相棒の方はそんな及川さんの反応が癇に障ったらしく、あごを突き出して凄むような顔になった。
「あぁ? だったらそのマネの兄貴呼んでくるか?」
「いえっ、いいです! 遠慮します!!」
「おらさっさといくぞ。こいつが迷惑かけてすまねぇな」
言って、及川さんの首根っこを掴んで青葉城西の白いジャージは足早に去って行った。及川さんは苦しそうな声をあげながらも、こちらにひらひらと手を振って視界から遠くなっていった。
一階に降りると、ちょうど烏野メンバーが体育館入場口から出てきたところだった。西谷先輩と田中先輩は私を見つけるなり、一目散にこちらに駆け寄ってくる。
「ウェーイ!」
二人は両手を上げて私に近づいてきた。勝利のハイタッチ、ということだろう。察して私も手を上げて二人と順にハイタッチをした。
「お疲れ様でした!」
「おう、美咲ちゃんも応援ありがとな! よく聞こえたぜ!」
二カッと笑って西谷先輩が親指をたてて褒めてくれた。その言葉に嬉しくなって私の口端は自然と上がっていく。
「ありがとうございます」
「本当、よく通る声だったよ。黒崎が、すぐそばにいるみたいだった。心強かったよ」
西谷先輩の後ろから旭先輩が穏やかな顔をのぞかせた。誰よりも何よりも、旭先輩にそう言ってもらえたことがすごく嬉しかった。二階席からの応援でも、皆の力に、旭先輩の力になれたことが嬉しかった。