第23章 心はいつも、そばにある。
夫婦漫才のような二人のやり取りにあっけにとられていると、及川さんが爽やかスマイルのまま近づいてきた。
思わずじりじりと後ずさった。
及川さんの後ろでまた拳がふりあがったのが見えた時、ピタリと及川さん達の動きが止まった。
見るからに冷や汗を流している及川さんを見て、何事かとその視線の先を追う。
振り返ると、仁王立ちで及川さんを睨み付けているうちの兄がいた。
「てめぇ、うちのやつに手を出すとはいい度胸してんじゃねぇか」
「ひぇっ! 手出してなんかいませんよ? ただ名前を聞いただけで……ねぇ、岩ちゃん??」
後ろで拳を握りしめたままの人物に、及川さんはすがるように助けを求めた。
けれど及川さんの相棒の返事はつれないものだった。
「いや明らかに下心ありありで近づいてただろうが」
「はぁ?! 岩ちゃん、なんでそこでそう言うこと言うかなぁ?!? あぁ、ほら、めっちゃ怒っちゃってるじゃん!!」
兄の顔が般若のように変化し出したのを見て、あぁめんどくさいことになったなぁとどこか他人事のように目の前の光景を眺めていた。
「ごめんなさい、彼氏さんがいるとは知らなくてですね?!」
兄のあまりの形相に、及川さんは勘違いをしたみたいだった。こんな彼氏は嫌だな、と思いながら私は兄と及川さんの間に割って入った。
「及川さん、ご迷惑おかけしてすみません。この人、うちの兄なんです」
「えっ?! お兄さん?!」
「やめろ、俺はてめぇのお兄さんじゃねぇ」
「もーお兄ちゃん、あっちで大人しくしてて。他校の選手に迷惑かけないで」
「ちっ」
「ほんとすみません。うちの兄ちょっと過保護なところがあって……」
「あ、あぁ、そうなんだ? 妹思いのいいお兄さんだね?」
及川さんは冷や汗をかきながらも、なんとか爽やかスマイルをしようと頑張っている。
他校の人にまで気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちになった。
岩ちゃんと呼ばれた及川さんの相棒が、及川さんを自分のチームの方へ引っ張っていく。その姿を見送って、私はまた手すりへと身を移した。
そのすぐ後ろの席に、兄はどっかりと陣取っている。
「……おい、旭は出んのか」
「出るよ。スタメンだから最初からコートに入ってるよ」