第3章 急く心
マネージャーになると宣言した、翌日。
昼食を手早く終えて、私は階段を駆け下りた。
いくら時間があっても足りないくらい、やりたいことがたくさんある。
授業中も、友達としゃべっている時も、心はどこか他の場所にあった。
昨日の旭先輩のスパイク姿が、何度も何度も頭の中でリピートされ、少しでも油断しようものなら意識はすぐにそっちへ流されそうになる。
自分でも怖いくらいのハマり具合に驚きつつも、この勢いに任せてもっとバレーについて知りたいし、マネージャーとして何かできることはないか探したい。
昨日は帰宅後本屋に行き、早速バレー関係の本を数冊買った。
今広げているのもそのうちの1つ。
バレーは体育の時間にやったことはあっても、きちんとルールを覚えたことはなかった。
私がやらなければいけないのは、まずルールを覚えることだろう。
昨日寝る前に眺めてはみたものの、意外と多い横文字に悪戦苦闘した。
こういうのは反芻して覚えるしかない。
よし、と気合をいれて、先ほど買っておいたペットボトルの封をあけ、一口飲んだ。
少しだけ肌寒さを感じながら、人気のなさそうな場所を探して腰を下ろす。
開いた本にはバレーの基本情報が事細かに書かれている。
選手のポジション、試合時はローテーションで持ち場が変わること、リベロは攻撃ができないこと、一つずつゆっくり何度も読み返す。
攻撃の種類に言及したページまできた頃、本にうっすらと大きな影がおりてきた。
「黒崎さん、何してるの?」
顔をあげると、旭先輩が私の手元の本を覗き込むようにそこに立っていた。
思いもしない訪問者にびっくりして私の目は丸くなる。
「あ、これは、その」
久しぶりに口を開いたからか、うまく言葉が出てこない。
ああもうこういう時にどもってしまう癖、なんとかしたい。
にっこり笑顔で受け答えできたなら、きっと旭先輩の印象もいいだろうに。
「あー、ルール覚えようとしてるのか。えらいなぁ」
旭先輩の目尻が下がって、人のよさそうな笑顔があらわれた。
何故かその風貌のせいで、こういう場面でも旭先輩は怖がられることが多いという話を聞いた。
けれど、それは旭先輩の上辺しか見ていないから、そう思ってしまうのだと、今、確信した。
こんなに優しい笑顔で、声音で、旭先輩は私を見てくれている。本当にこの人はとっても心根の優しい人なんだと思う。