第20章 ふたりきりの時間
東峰の脳裏に、菅原の顔が浮かぶ。
脳内の菅原は心底呆れかえった顔だ。「自分でフラグ折ってどーすんだよ旭」なんて声が聞こえてきそうだ。
「…ありがとうございます。旭先輩」
いまだ頭を下げたままの東峰に、黒崎の優しい声が降ってきた。
ゆっくりと顔をあげた先の黒崎の目に映る東峰の姿は、ゆらゆらと揺れている。
黒崎の目にはじわりと涙が溜まっていた。
「ただ『気にしてない』って言われるより、心強い言葉です。嬉しかったです、旭先輩にそう言ってもらえて。人として、好きって言ってもらえて」
限界まで溜まった涙が、一筋、線を描いて消えて行った。
選択肢を間違えてしまったかもしれない。それでも、まっすぐに想いを伝えたことは間違いじゃなかったのだと、東峰はその涙を見て確信したのだった。
「……?!?」
黒崎の涙に感傷にひたっていた東峰は、背中がぞわりとするのを感じた。
突き刺さるような視線に、勢いよく後ろを振り返った。
けれど振り返った先に人の姿はなく、あるのはただ路地を照らす外灯だけ。
「どうしたんですか?」
急な東峰の行動に怪訝そうな顔で黒崎が尋ねると、東峰はまるで幽霊にでも怯えるような顔をする。
「…な、なんか今背筋がぞわっとして……」
「え、それって、おば「わー!!ダメ、言っちゃ!!言うと出てきちゃうから」
本気で震えだした東峰に、それまで涙を流していた黒崎は思わず笑い出していた。
「ほんと旭先輩怖いのダメなんですね」
「う、ごめん。…男らしくないよな」
「そんなことないです。誰だって苦手なものはありますよ」
「黒崎は本当に優しいな。そういうとこ……」
言いかけて東峰は、自分がまた『好き』と言いかけたことに気が付いて口をつぐんだ。
んんっ、と咳ばらいをして、「そういうとこ、いいと思う」と無理やり言い直した。
先ほどと同じ轍を踏まないように、東峰は気を入れなおした。
「あっ、ごめん。早く帰らないとね。また引き留めちゃってごめんね」
「いえ、私が話引き延ばしてしまったから…!」
お互いまた謝りだして、ふふ、と二人は笑い合った。
気が付けばいつもこうしてお互い謝りあっている。定番のやり取りになりつつあるお互いの謝罪に、二人は穏やかな空気を感じていた。