第2章 旭先輩
実際のところ、それは誤解ではないのだけれど。
しかしそれはまだ自分の胸の内だけに秘めておきたい。
「大丈夫、大丈夫。分かってるって!」
そう言って、にししっと菅原先輩は笑っているが、この笑顔は絶対に言葉とは裏腹のことを考えていそうだ。
「旭のスパイク、迫力あるもんな。正直、俺もカッコいいと思うもん」
「確かに。よく社会人と間違えられるくらいだしな。勢いはあるよな勢いは」
「…大地、なんでそう棘のある言い方するの…?」
澤村先輩の言葉に旭先輩がまた眉を力なく下げた。
この2人はそういった会話をよく繰り広げるのだろうか。
「そういやさ、黒崎さんと旭って知り合い?」
後ろでまだ不毛なやり取りを続けている旭先輩と澤村先輩をよそに、菅原先輩が口を開いた。
「いえ、今日初めてお会いしました」
「そうなんだ?いや、旭のこと下の名前で呼んでたから、知り合いだったのかなーって思って」
「えっ?!『旭』って苗字じゃないんですか」
菅原先輩の言葉にひどく驚いた。
周囲の人が『旭』とばかり呼ぶものだから、すっかり苗字だと思い込んでいた。
初対面の先輩をいきなり名前で呼んでいたなんて、恥ずかしい。
「旭は下の名前。苗字は『東峰』だよ」
「そうだったんですね!すみません、私、てっきり苗字だと思って『旭先輩』って呼んでました!ごめんなさい、東峰先輩」
今まで本人には何も言われなかったけど、馴れ馴れしいやつだ、なんて思われてたかもしれない。
優しいから口にしないだけで、旭先輩、もとい東峰先輩はなんて思っていたのだろう。
「えっ、いや、いいよ旭で。気にせず呼んで?」
返ってきた言葉は意外なもので、私は拍子抜けしてしまった。
また、ふにゃりと旭先輩は笑う。
つられて私も顔の筋肉が緩んでしまう。
その笑顔を見て、先輩が本当に何も気にしていないことが分かった。
「じゃあ、旭先輩、で」
さっきまで苗字だと思って口にしていたから、意識していなかったけれど、『旭』が名前だと知ってから口にすると、なんだか少し気恥ずかしい気がする。
何故か旭先輩と微笑み合って、二人して照れてしまう。
「…なんか、腹立つな。へなちょこのくせにいっちょ前に青春か」
「端から見てると誘拐犯と被害者だけどな」
「…ぷっ」
菅原先輩と澤村先輩の暴言に、清水先輩が吹き出していた。