第20章 ふたりきりの時間
「うん、そう。一緒に帰ろうと思って」
「……!あ、そ、そうだったんですか……」
東峰の言葉に、黒崎はまた驚いたようだった。
黒崎の反応に東峰は彼女が自分とは帰りたくないのではないか、とネガティブな思考に陥りそうになった。
「あ、なんか用事があった…?」
おそるおそる東峰が尋ねると、黒崎の答えは思いのほかあっさりとしていた。
「いえ、今日は特にはないです」
「そ、そっか!じゃあ、一緒に帰ろう?」
「はい!」
東峰の誘いに、黒崎は満面の笑みで答えた。
彼女の笑みにつられて、東峰の頬もゆるゆると緩んでいった。
二人連れ立って、校門へと向かう。
いつもだったら二人の周りには他の部員達がいて、もっと賑やかな帰り道。
けれど今日は東峰と黒崎の二人きりだから、どちらかが口を開かなければあたりはしんと静まり返ってしまう。
久しぶりに一緒に帰るのに加えて、いきなり二人きりになってしまったものだから、二人ともどこかぎこちなく、微妙な距離を保って、黙ったまま歩を進めていた。
「……初めて、ですね。二人で帰るの」
「……そう、だね。なんか変な感じするな」
緊張を誤魔化したくて、東峰が笑うと、つられて黒崎もそうですね、と答えて小さく笑った。
次の瞬間にはまた、二人の間に沈黙が訪れる。
その静けさがいっそうあたりの夜闇を深くしているようだった。
その静寂を打ち破るように鳴り響いたのは、東峰の腹の虫だった。
「っ、ごめん」
「ふふっ、お腹すきますよね。あれだけ動いてるんですもん」
「あっ、よ、良かったら、肉まん食べて帰らない?!」
我ながらこれは上手く誘えたのでは、と東峰は思った。
自然な流れで、デートとは言えないけれど、それに近しいことに黒崎を誘えたことが、東峰は嬉しかった。
菅原に言わせたら「もっと自信持って誘えよ!声震えてんじゃん旭!」くらいは言われそうな誘い方ではあったが、黒崎は少しも気にしていない様子で、満面の笑みで東峰に応えたのだった。
「らっしゃー……ってなんだ、お前らか」
坂ノ下商店の引き戸がガラガラと音を立て、くわえ煙草の烏養が雑誌から目だけちらりと入口へ移すと、烏養の目に見慣れた大きな学ランと小さなブレザーがとびこんできた。