第20章 ふたりきりの時間
コートの上を走り回る部員達を見つめる愛しい横顔を、東峰は目に焼き付けるように眺める。
そして坂上に聞こえないように小さな小さな声で、東峰は自分の想いを口にした。
「……俺も、坂上がいてくれると元気出るよ」
「?旭先輩、今何か言いました?」
東峰に何か言われたような気がして、坂上が東峰の方に顔を向ける。
けれど東峰は、いいや何も、と首を振るだけだった。
「旭、ちょっと入って!」
「おう!…これ、頼む」
菅原に呼ばれて東峰はコートの中へと駆けて行った。
手渡されたタオルとドリンクボトルを胸に抱いて、坂上は小さく呟いた。
「さっきの、空耳かな……?」
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「お疲れ!今日はここまでな」
「お疲れ様です!!」
ほぼ全員が自主練に参加していた為、部室内は着替えをする部員達でごった返していた。一応年功序列の形で、三年から着替えを済ませることにしてはいるのだが、澤村はそこまで上下関係に厳しい方では無かった。
ある程度の礼節はわきまえろと言うものの、他の部よりかわりと広めの部室を使っていることもあって、三学年入り乱れての着替えとなるのだ。
「旭、今日は瑠璃ちゃんと帰るんだろ?」
「えっ、うん、多分……」
東峰の横で着替えていた菅原が、こっそり耳打ちするようにそう問いかけてきて、東峰も同じように声を潜めて返事をした。
東峰の答えにうんうんと嬉しそうに頷いた菅原は、東峰にある提案を持ちかけた。
「久しぶりに一緒に帰るんだしさ、今日は『二人だけで』帰ったら?」
「ふ、二人だけ??!」
「しーっ、声大きいって。田中とかに聞かれたら面倒くさいだろ」
「あっごめん……」
東峰が坂上と一緒に帰るのは、十日ぶりのことだった。
それまで毎日のように一緒に帰宅していたが、完全に二人きりで帰ったことはなかった。
もちろん家の近くになれば、少しだけ二人きりになる時間はあったが。
菅原がわざわざ『二人だけで』と言うという事は、きっと学校を出たところから『二人きりで』という事だろう。
「距離を詰める絶好の機会だろ」、なんて菅原はまた小声で耳打ちしてくる。
しかし今日は部員のほとんどが居残っている。
その中でどうやって二人きりで帰れというのだろう。
東峰はそれが疑問で仕方なかった。