第18章 嵐を呼ぶ男
「お、まえ、加減しろ……!もろに鳩尾に蹴りいれやがって……っ!」
「旭先輩に殴りかかっておいてどの口がそんなこと言うの?…っ、先輩、怪我されてないですか?!」
そう言って、東峰を心配そうに見上げる黒崎はいつもどおりの彼女の姿だった。
今にも踏みつけそうな威圧感で、倒れこむ男を見下ろしていた先ほどの彼女は幻みたいに消えてしまった。
白く細い足がくるりと回って男の体をなぎ倒したのは、きっと何かの見間違いだったんだ、と菅原と澤村が思ってしまうくらいに、黒崎は普段と変わらない空気をまとっている。
けれどやはり先ほどの回し蹴りは現実だったのだと、菅原達は思い知らされることになる。
「お、俺は大丈夫だけど……その、お兄さん、は」
「お兄さんなんて呼ぶな!気色悪ィ!俺がいつお前の兄…っうえっ!!」
倒れこんだままなおも東峰に向かって暴言を吐く兄の口を、黒崎はなんのためらいもなく塞いだ。
その鮮やかな手際に三人は思わず、おお、と感嘆の声を漏らしてしまう。
「お兄ちゃん?ちょっと、黙っててね?」
顔は見えなかったが、多分今の黒崎の顔は目にしない方がいいだろう、と三人の本能が告げていた。
くるりと振り返った黒崎はやはりいつもと変わらない顔で、三人に申し訳ないとまた深く頭を下げたのだった。
「本当にご迷惑おかけして申し訳ありません!!」
「い、いや……黒崎が悪いわけじゃないし…」
「身内の不始末は、身内でそそがねばならないので」
「…美咲ちゃん、言葉がなんか不穏…」
一瞬、菅原には黒崎がVシネマに出てきそうな姐御に見えた。見た目は可愛らしい少女にしか見えないが、彼女の中身には相当に漢らしい部分が潜んでいるらしい。
そんな黒崎の意外な姿に、まだまだ彼女について知らないことは多そうだ、と三人は思う。
「先輩達、大丈夫っスか?!」
砂埃とともに現れたバレー部員達は、みな一様に心配そうな面持ちだった。
田中が地面に座り込んでいる金髪の男を見つけると、あっ!と声を出して彼を指さした。
「こいつ、噂の?!」
「っ、金髪の男じゃねぇか!旭さん、何かされてないですか?!」
田中と西谷が東峰を心配そうに見つめ、西谷にいたっては東峰の体をくまなく確認し、怪我の有無を確かめた。