第17章 菅原先生の恋愛指南
だんだん自分が菅原と東峰の二人におちょくられているのではないかと澤村は思い始めていた。
今まで標的にされていた東峰なんかは、ここぞとばかりに反撃に出ているような気がしてならない。
「大地、早くしないと昼休み終わるぞー」
菅原はどこか楽しそうにそう急かす。
何故こんなことになってしまったのか、澤村は深いため息をついた。
名前を呼ぶだけだ。ただ一言、『結』と呼べば、この話は終わるのだ。
頭では分かっていながら、それを実行するのはなかなかに難しかった。特段道宮のことを意識していたわけではないのだが、いざ名前を呼ぶとなると、変に意識してしまう。
先ほどまで、距離を詰めるだとかそんな話をしていたから余計に。このまま時間が過ぎ去るのを待つことも出来たが、それでは澤村の腹の虫は収まりそうになかった。
旭が黒崎のことを名前で呼べるようになるかどうかは、今の澤村にとってさして問題では無かった。
とにかく今、このよく分からない雰囲気を早く終わらせたい。その一心で、澤村は口を開いた。
「……結。」
「っ?!?!」
道宮と澤村は中学からの付き合いで、もうかれこれ6年目。6年目にして初めて、澤村は道宮の名を口にした。
初めて名を呼ばれた道宮は顔を真っ赤にして、目をまん丸にさせたまま固まってしまった。
きっと今彼女の心音を確認すれば、人生で最高のスピードを記録しているに違いない。
「さすが大地。ほら旭、こんな風にさらっと呼べばいいんだよ」
「そうは言ってもなぁ…」
「お前、お手本見せろとか言っておいてまだ弱腰か!」
腹の立った澤村のグーパンチが東峰の左鎖骨あたりにクリーンヒットする。容赦のないパンチは骨にもろに当たり、東峰は痛みにうっと声を漏らした。
「道宮、すまない。変なことに巻き込んでしまって」
「えっ?!あっ?!う、ううん」
フリーズしたままだった道宮は澤村の謝罪に大きく首を振って答えた。自分が澤村に名を呼ばれた理由はいまだよく分からなかったが、もう理由などどうでも良かった。
ただ澤村に名を呼ばれたという事実だけが、道宮の頭の中を支配していた。