第17章 菅原先生の恋愛指南
東峰が気が付いていないだけで、菅原はこれまでにも東峰と黒崎がうまくいくようにお膳立てをしてきている。
先日の倉庫の件はさすがに東峰も気が付いたようだったが、今までのお膳立てに微塵も気が付いていない様子の東峰に、菅原は内心ニヤリとしていた。
東峰の気持ちも、そして黒崎の気持ちもある程度把握している菅原にとって、彼らの恋心は菅原の手のひらの上で天秤にかけているも同然だった。
どうしたらこの天秤の釣り合いがうまく取れるか。細心の注意を払いながら、菅原は両の手の上の二人の恋心を上げたり下げたりしている。
「時に、旭君」
「な、なに?」
急に菅原の声色が変わり、まるで博士にでもなったかのようだった。見えない眼鏡をくいっと持ち上げる仕草など、いかにもそれっぽく見える。
「キミは、美咲君との距離感に悩んでいるようだね?自分より音駒の彼の方が、近い距離感なのではないかと思い悩んでいるのだろう?」
菅原がいつまで博士になりきるつもりか分からなかったが、エセ博士に心の内をズバリと指摘されて東峰はこくりと頷くしかなかった。
「ふむ。それではこの私、菅原先生が彼女と距離をつめる至極簡単な方法を伝授して差し上げよう」
恭しくお辞儀をする菅原に、東峰もつられて深々と頭を下げる。澤村だけは苦笑いでその光景を黙って見ていた。
「…お願いします」
「うむ。なぁに、簡単なことだよ。彼女の事を『名前』で呼ぶだけだ」
菅原博士は事も無げに言うも、それを聞いた東峰は音がしそうなほど大きく首を振り始めた。
「いやいやいやいや!!無理無理無理!!ハードル高すぎるよ!!」
情けない東峰の声に、菅原博士の姿はどこへやら、いつもの菅原に戻ってしまった。
「なんで??簡単じゃん!ただ『美咲ちゃん』って呼べばいいだけの話だろ?」
菅原は理解が出来ないといった顔で、東峰を見る。
対する東峰は首を横に振るだけでは足りなかったのか、ついには手を突き出してイヤイヤと横に振りだした。
「いやいや、今まで苗字で呼んでたのに急に名前で呼ぶなんておかしいだろ?!」
澤村が確かにな、と小さくつぶやく。
何かきっかけがなければ苗字から名前へ呼び名を変えるのは不自然な気がする。