第16章 応援のカタチ(後編)
手が冷たくなって痺れてきた頃、ようやく横断幕は洗剤を吐き出さなくなった。
潔子先輩と二人で水気を出来るだけ絞って、合宿所の干場まで運ぼうとした。
「あれっ、君たちまだ残っていたの?」
声のした方に目をやると、武田先生が至極驚いた顔でこちらを見ていた。
もうとっくに帰ったものと思っていた生徒が残っていたのだから、その反応は当たり前と言えば当たり前だった。
潔子先輩は一応事前に武田先生に残ることを伝えてはいたみたいだったけれど、先生はこんなに遅くまで残っているとは思っていなかったらしい。
「すみません、思ったより時間がかかってしまって」
「あぁ、これが例の横断幕ですね」
「合宿所の干場に干しておきたいんですが、いいですか?」
「問題は無いと思いますよ。…他の子達に気付かれてはサプライズになりませんしね」
武田先生はそう言うと、ふふ、と笑って合宿所まで横断幕を運ぶのを手伝ってくださった。
三人がかりで水を含んで重たくなった横断幕をゆっくりと広げる。
「おお……!『飛べ』ですか…!」
先ほどの私と潔子先輩と同じように、武田先生は横断幕に記された大きな白い文字に釘付けになっていた。
たった二文字のその言葉に、武田先生は感慨深そうに頷いている。
「これは、みんな喜ぶでしょうね。二人とも、お疲れ様。今日はもう遅いので僕が送って行きます」
「ありがとうございます」
武田先生にお礼を言って、私と潔子先輩は武田先生の好意に甘えることにした。
車内ではFMラジオがゆったりとした曲を流し始め、加えて車の心地よい揺れが眠気を誘う。
瞼の落ちかけた私に、潔子先輩が声をかける。
「美咲ちゃん、明日のお昼に横断幕しまいに行こうね」
「ふぁ、ふぁい!」
「ふふ、結構疲れちゃったね」
「すみません…」
寝ぼけて返事をしてしまった私に潔子先輩は優しく笑ってくれた。
「家に着いたら起こすので、寝てしまっても構いませんよ」
武田先生にまでそう言われてしまって、私の顔は真っ赤になってしまっていた。
疲れてはいるけれど、精神的に充実した疲れだ。
みんなの喜んでいる顔を思い浮かべながら、私はまたうつらうつらと夢の世界に足を踏み入れていた。