第16章 応援のカタチ(後編)
この横断幕が倉庫に埃かぶって眠っていた間、烏野は『落ちた強豪』だったのだろう。
でも、今は。
まだそこまでバレーに詳しいわけでもない私が言うのもなんだけれど、昔の烏野と今の烏野は違う、と思う。
この間の音駒との試合で、『繋ぐ』という事がどういう事か理解できた。
それは部員達だって同じだろう。
あの日から部員達の意識は大きく変わった、そんな気がしている。
力を入れて、大きな黒い塊を広げていく。
とうとう塊は一枚の大きな幕に姿を変えた。
黒地に浮かびあがる、大きな白い文字。
『飛べ』
たったそれだけ。
たったその一言だけ、横断幕には記されていた。
一言だけれど、『飛べ』の文字は今の烏野によく合っているように思えた。
大好きな旭先輩の、あのスパイクを打つ姿が、鮮明に瞼の裏に浮かぶ。
大きな体が、グッとため込んで空を飛ぶ。
まるで羽が生えたように体が地面から浮き上がる。
あの大きな体で、どうしてそんなに飛べるんだろう、って不思議に思えるくらい、私の中ではスローモーションで映像が流れていった。
「……素敵な、スローガンですね」
「うん。今のうちの部にしっくりくるね」
潔子先輩も、私と同じ気持ちみたいだった。
選手達への気持ちをこめて、私達はその『飛べ』と書かれた横断幕の汚れを丁寧に丁寧に落とした。
「目立つ汚れは落としてみたけど、やっぱり一度洗濯した方がいいかもね」
「そうですね。今日のうちに洗って干しておきますか?」
「…でも、どこに干しておこうか?みんなに見つからないところがいいけど…」
横断幕に目を落として、しばし二人で考え込んだ。
いつも使っている干場に置いておいたら、すぐにみんなに見つかってしまう。
かといってこんなに大きな横断幕を家に持って帰るのも……。
「あっ、あそこはどうですか?合宿所の干場!」
今は合宿を行っている部活はないし、学校で使う予定もないはずだ。
校舎からは見えないところに干場はあるし、そんなところまで誰かが行く事はそうないだろう。
「うん、いいね。じゃあここで洗って、合宿所の干場に干そう」
「はい!」
急いで大きなたらいを準備して、横断幕を折りたたんで潔子先輩と一緒に押し洗いした。
何度もすすぎをして、そのたびにまた横断幕を押して染み込んだ洗剤を吐き出させる。