第8章 サイコパス
沈黙を破ったのは陽くんだった。
「この曲…よく聴くよな。俺の兄貴もよくピアノで弾いてた。」
「あぁ。ドビュッシーの亜麻色の髪の乙女…だっけか?有名だしな。よくCMソングにも使われてるし。」
優月さんはスピーカーの方を見た。
私も店内のBGMに耳を済ませた。
確かに聞いたことのあるピアノの曲だった。
「お前、兄貴がいたのか。」
優月さんはカウンター内で洗いものをしはじめた。
「うん、もう随分前に出て行っちゃったけどね。」
陽くんは下を向いたまま足をブランブランとさせていた。
「仕事か何かでか?」
「いや、行方不明なんだ。多分家出だけど…俺、置いていかれたんだ。」
そう言って静かに笑う陽くんの顔は見たことがないくらい寂し気だった。
「そうか…悪かった。」
優月さんは少しバツの悪そうな顔をした。
「いいんだ。俺な、雛の家族見ていいなって思ったんだ。俺、絶対結婚したら雛の家族みたいな幸せな家庭を作るんだ。」
陽くんはニカっと笑った。
「うん。陽くんならなれるよ。」
私は陽くんにつられて笑顔になった。
「俺んちってさ、雛の家とは間逆でボロボロなんだ。父親は出て行くし、お母さんはそのせいで夜の仕事はじめて知らない男毎晩連れ込むし…」
「…。」
「昔は母親の連れ込む男に殴られたりもした。けど、そのたびに兄貴が守ってくれたんだ。俺は、兄貴に頼りっぱなしだったんだ。だからきっと兄貴は呆れて出て行ってしまったんだ。」
「だから、俺は強くなるんだっ!一人で大丈夫なように。兄貴が帰ってきたらすげぇって言われるように!」
陽くんは明るい笑顔を見せた。
でも、その笑顔が痛々しくて、
胸がぎゅっと締め付けられるようだった。