第20章 ふわあま王子
ビチ子は料理がうまい。
野菜たっぷり薄味ヘルシーで、品数も一汁三菜きちんと出てくる。
しかも「食材が余ってたから次の日も同じもの」ということがない。同じ鶏肉でも和洋中いろいろ作ってくれる。
「凝ったものは作れないけど、冷蔵庫の中身で創作料理を作るのは得意だよ。」
「すごいね。本当の料理上手って感じ。」
僕も料理は一通り出来るけど大したことないし、今は研究で忙しいから、ついついスーパーのお惣菜で済ませてしまって。
最近はビチ子も「食材を余らせて大阪に帰ると、リケ夫が腐らせる」と気付いたのか、きっちり使い切ってくれる。
使い切れるってのもよっぽど計画的じゃないと出来ないよな。うちの教授もこれぐらいの計画性を持って予算申請していただきたいものだ。
「さてさて、飯っと・・・。」
誰もいない部屋で1人呟く。
3時間ほど前、ビチ子は大阪に帰ってしまった。
ビチ子のいない部屋。なんだかやけに暗く寒い。
昨日が豚キムチだったから、キムチがあるはず。
キムチとご飯と、カットわかめを入れたスープでいいか。
我ながら貧相な飯だなぁ。ご飯を作ってくれる人がいるというのはありがたい。
ガチャッ・・・。
「あれっ!?」
冷蔵庫を開けると、見知らぬタッパーが5つ、封筒とともに整然と並んでいた。
タッパーの中身はそれぞれ「ホウレンソウのお浸し」「卵焼き」「豚肉とブロッコリーの中華炒め」「厚揚げキムチ和え」「きのこの佃煮」。
どれも昨日の残り物などではない、このために調理されたものばかりだった。
キンキンに冷やされた封筒を開ける。中には便箋が1枚。
「いつも研究お疲れ様!泊めてくれてありがとう!」
「いつの間に・・・。」
ビチ子はたまにこういう、少女漫画のようなサプライズをしてくれる。舞台の仕事をしている彼女らしい。
なんでこんなにポンポンとサプライズなんかできるんだろ?僕なんかよりビチ子の方がよっぽど王子様だ。
卵焼きを食べる。僕好みの甘い味。
「僕も何かしてあげたいんだけどなー・・・。」
それでも僕はつまらない庶民だから、同じ毎日を繰り返す、所帯染みたおっさんになっていくのだろう。
そう。仕事終わりに飲みにも行かず、いつも家で愛する妻のご飯を食べるおっさんに。
出来ることはせいぜい、並んで料理と皿洗いぐらいだな。
そんな庶民な未来を、僕は目を細めて夢見ていた。