第4章 上限の月-夜に沈む-
企業戦士にも少ないながら夏休みはやってくる。
私は有給を組み合わせて九日間の天国を得ることが出来た。
学生時代の夏休みと比べたら少ないかもしれないけれど、社会人になって初めて解ることの出来る、なんとも有り難い日数だ。
世の中には休みなく世の為人の為に働く人もいる。
そんな人たちに感謝しつつ、つかの間の天国を満喫しよう。
そう思った私は、早速携帯電話を取り出して母親に連絡をする。
休みの日、何もせずともご飯は出てきて、何もせずともお風呂の準備が整う。
そんな実家に大いに甘えることにした。
あの日以来、繋心から部活への出動要請はない。
そう言えば東京に遠征に行くとか言っていたっけ。
わざわざ東京に行くなんて、たいそうなことですねぇと思う。
……東京、か。
二度と戻らないつもりで帰ってきたし、行くことも滅多にないだろう。
……向こうで出来た知り合いの人たちはどうしているだろうか。
アパートの近くの商店街の店主さんたち、
お昼休みによく利用したカフェのマスターさん、
初めて行った素敵な美容室のお兄さん、
そして、
勤めていた会社の同僚や同期の皆。
何人かはSNSを通して近況を知ることが出来るけれど、直接連絡をやり取りすることもない。
気軽に『今から会おう』という距離ではないのだから。
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