第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
「……香奈さんは、仕事、楽しいですか?」
「え?」
突然そんな言葉を投げられて、私は再び足を止める。
月島くんを振り返ると、彼は高い位置から私をまっすぐ見下ろしていた。
その顔に、感情はまったくない。
「毎日毎日、一生懸命働いているんですか。一日やり切ったって、明日も頑張ろうって、そうなりますか」
「な、何、急に……」
「……今、何かを一生懸命やったって、何もならない」
私の質問に答えることなく、月島くんは言葉を続ける。
私が先ほどした質問を、彼はまだ考えてくれていたのか。
「貴女を見てれば、解る」
「っ……」
頭を鈍器でガツンと殴られたような衝撃。
私が何の反応も示すことが出来ないまま彼から目を背けると、ザッザッと足音が遠ざかって行った。
私もまた、ゆっくりと足を進める。
一歩、また一歩。早く帰りたい。そんな気持ちが足を動かす。
けれど、歩く度に、呆けていた頭にふつふつと煮える想いが込み上げて来て、瞬間、私は全速力で歩いた道を駆け戻った。
そして、目的の後ろ姿を見つけてさらに加速し、その腕にしがみつく様に標的を捉える。
「っ、あのさっ!!」
「!?」
自分でも思ったより大きくなった声に、月島くんは驚いて目を丸くさせながら、腕にしがみついた私を見下ろした。
「大人ぶるの、やめたら!?」
「……は」
上がる息を落ち着かせながらも、私は出来るだけ挑発的に、というより、馬鹿にしたような声でそう言い放つ。
大人げないと思うけれど、こんな子供に言われっぱなしなんて嫌だ。
案の定、月島くんの顔は一瞬にして不機嫌なものに変わり、短く出された声もまた低かった。
「私を見れば解るとか、何が解るわけ?私の事何にも知らないくせに」
「……土日に母校の部活に顔出すくらいの暇人だってことは解りますけど」
「っ、だからって、月島くんにあんな風に言われる筋合いはない」
「だったら、貴女が僕の態度に口出す筋合いもないですよね」
「っ……」
これだから、今どきの子供って……と、十歳も年下に言い負けそうになる自分を奮い立たせた。
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