第1章 朔-月のない夜-
……睨み付けた、はずだった。
「な、なんだよ、お前……」
呂律の回っていない酔っぱらいの声が、情けなく響く。
私の視線の先に居たのは、酔っぱらいでは無い、別の人。
黒く、大きな背中をしたその人は、いつの間にか私と酔っぱらいの間を隔てるように立っていた。
「……この場合、どっちがみっともないって言うんですかね」
「はぁ?……喧嘩売ってんのかテメーは」
馬鹿にしたような軽い声でその男の人が酔っぱらいに声をかけると、悪役のお手本のようなセリフで相手が食い下がる。
二人組はその人に対して凄んで見せているようだった。
けれど、あまりの身長差に怖気づいたのか、それを誤魔化すように鼻で笑って「めんどくせぇな」と吐き捨ててその場を去った。
その姿はどう見ても慌てていて、酔っぱらってたわりに足取りしっかりしてるじゃん、と心の中で毒づいた。
「……カッコ悪……」
目の前の人は、心底バカにしたような声を出してそういうと、私の方を振り返った。
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