第1章 朔-月のない夜-
いったい何時から呑んでいたのだろうと不思議なくらい、不快な酒の匂いを漂わせている。
こういう手合いはとにかく無視を決め込むに限る。
そう思ってカツカツと歩き出すと、不意に右肩がガクンと下がった。
視線を向けると、肩に下げたバッグを酔っぱらいのごつごつした手が掴んでいた。
「なんだよ、ご機嫌なら俺たちと一緒に呑もうよぉ」
「今日は金曜だよ~?夜は長いよ~?」
チッと無意識に出た舌打ちと同時に、私は思いっきりバッグを引っ張った。
イテッと呻く声が聞こえて慌てて振り返ったけれど、酔っぱらいの手はどこも怪我している様子はない。
大げさな声を出さないでよという気持ちを込めて今度は意識的に舌打ちをする。
「……あ?なんだその態度は?」
そんなありきたりな言葉で怒り出した酔っぱらいは、その後も何かを言っていたけれど、もう私の耳には入ってこない。
とにかく無視。私は帰る。帰りたい。
けれど、今度は腕を思い切り引っ張られる感触がして、瞬間的に気持ち悪くなった私は、力いっぱいその腕を振り払った。
と同時に、その勢いで体のバランスを崩して地面に倒れてしまう。
「っ……」
「はっ、調子乗るからだよ、みっともねぇなあ」
冷たく硬いアスファルトは、とっさに出した掌をジャリジャリとえぐった。
けれど、そんな痛みよりも怒りの方が沸いて来て、私はキッと視線を鋭くさせて酔っぱらいを睨み付けた。
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