第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
「……さん、香奈さん、あの、すみません……」
「ん……」
小声で名前を呼ばれゆっくり目を開けると、世界が斜めになっていた。
はっと頭を起こして、寝入ってしまっていたことに慌てて謝罪をする。
「ごっ、ごめん、重かったでしょ……っ、しびれたりしてない?」
「いえ……はい、これ」
「あっ、ありがと、ごめん……っ」
恐らく寝入った時に落としたであろう文庫本を月島くんから渡されて、私は慌ててバッグにしまう。
恥ずかしいと思いながら、窓の外の景色を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「すみません、僕、次で降りなきゃいけなんで……」
「そっ、そうだよね、本当ごめん……!」
それまで律儀に肩を貸してくれていたのかと思うと心底申し訳なく思う。
私が思うに、月島くんはそういうことを嫌いそうな類の人だと感じていたから。
すぐにバスは停留所に近づいて、じゃあ、と月島くんは軽く頭を下げてから席を立った。
「お疲れ様。……あっ」
月島くんが低い出口を頭を下げて降り切ったタイミングで、思わず私は声を上げてしまった。
既にバスを降りた月島くんが窓の向こうから何?と言いたげに私を見ている。
慌てて、なんでもないよと言うように頭を左右に振った。
そしてバスはゆっくりと走りだして、相変わらず怪訝な顔をしてこっちを見ていた月島くんに、私はごめんねの意味を込めて手を振った。
『明日、また部活にお邪魔します』って言えなかった。
すっかり忘れていた。
彼の肩は思いのほか寝心地が良かったのだろう。
短時間の睡眠で私の頭はすっきりしていた。
……寝ていた時、変な声とか息とか漏れたりしてなかったかな。
よだれなんて垂らしてないよね……。
月島くん、他人に触れられるのとかすごく嫌悪しそうだからな。
思えば最初電車で当たっちゃったんだっけ。
……私、失礼な人間とか思われているんだろうなぁ。
まぁ、いいか。
私は大きな欠伸を一つ漏らして、月島くんより二つ先の停留所でバスを降りた。
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