第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
「……今日は地元に帰るんデスカ」
「うん。月島くんはどのバス?あっち方面だとたぶん一緒のヤツだよね」
いつもより高い声が自分から出ているのが解る。
どうして自分より十歳年下の子供にこんなに気を使って話しているのか……
月島くんは肯定も否定もなく無言のまま私を見下ろしていて、そしてふいと目線を外しながら「もうすぐバスでちゃいますよ」と、ぼそりと言った。
月島くんの広い歩幅に合わせて急ぎ足にバスへと急ぐ。
他の乗車客は少なく、私たちは一番後ろの長椅子に落ち着いた。
ここから三十分。月島くんの方が先に降りるとは言え、その時間をどう過ごすか。
というか、どうして私は着いて来てしまったんだろう。
同じバスに乗るとしても、ばらばらに座れば良かったんじゃないのか……。
窓際に座った私はなんとなく視線を窓の外に投げていると、隣に座った月島くんはおもむろにヘッドフォンを取り出して耳にかける。
あ、ですよね、そうなるよね~と心の中で納得して、じゃあ私も好きに過ごせばいいか、と、読みかけの文庫本を取り出した。
趣味イコール読書と言えるほど読んでいるわけでももちろんない。
ただ、なんとなく退屈しのぎの為にバッグには常に一冊の読書本を入れている。
しおりを挟んだ場所をめくり、それまでの話を思い出す。
記憶が蘇ったところで、文字に目を走らせた。
「……本とか、読むんデスネ」
耳元から聞こえた低めの声に、自分の肩がぴくんと跳ねた。
うん、と声に出したつもりが、思うように喉から音が出なくて、私は頭をコクリと動かすだけだった。
視線だけ横にずらすと、月島くんがまたヘッドフォンを耳に当てたのがわかる。
思っていたよりも近い距離に体があることに、私は少なからず緊張しているようだ。
隣のヘッドフォンから、少しだけ音が漏れている。
この近い距離に居ないと解らないくらいの小さな音。
何を聞いているのかまでは、はっきりわからない。
けれど、シャカシャカとアップテンポを刻むその音は、不思議と耳に心地よく、会話が続かないことも気にならなくなっていた。
何を読んでいるのか、とか、どんな音楽を聴いているのか、だとか。
お互いの好みを追及することはない。
ただ単純に、隣にいる相手はこういう人なのだ、と認識するだけの関係が、私にとって落ち着ける時間だった。
.