第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
やがて、降車駅が近づいて来ると、窓に映った影がこちらに振り返るのがわかった。
あぁ、そうか。烏野高校に通っているくらいだから、この駅を利用していてもおかしくないか---。
私は足元を見るように視線を下げたまま、電車を降りた。
「今日は居眠りしなかったんデスネ」
改札を数歩出たところで、後ろから声がかかる。
私はゆっくりと振り返って、驚いたふりをした。
「月島くん!?どうしたの、こんなところで」
「……ワザとらしい。電車の中で気づいてましたよねぇ」
「うっ……」
口元を歪ませて笑顔を作った月島君は、よく見ると制服姿だった。
私は話題を変えるように彼を一瞥して、「今日は部活ないの?」と尋ねた。
「今はテスト期間中なんで」
「あ、そんな時期か……でも、なんで電車に?」
「ここ、大きい本屋ないじゃないですか」
「あぁ、本屋……」
参考書とかかな、と思いながらもそれ以上深くは尋ねなかった。
「……香奈さんは、仕事帰りデスカ」
「え、あ、うん、そう。今帰るところなの。うち、ここから歩いて行ける距離なんだ」
「へぇ……」
「な、何……?」
意味深に声を出した月島くんに、恐る恐る尋ねると、「いえ、別に」と返事が返ってくる。
その顔は心底バカにしたように見下す表情で、
『金曜日に予定も無く自宅に直帰なんて可哀相な大人デスネ』
と言っている声が聞こえてくるようだった。
「つ、疲れてるからね、まっすぐ帰りたいんだよ」
「……今日は、そこまで顔色悪くないみたいですけど」
「え?」
「なんでもないです。じゃあ僕、バスなんで」
「あ、う、うん。お疲れー」
ぺこりと頭を下げて、月島くんはバスターミナルの方へ歩いて行く。
私は少しだけその背中を見送った後、まだオレンジ色を残した夕空の下を歩き出した。
テストねぇ。懐かしい響き。
月島くんは賢そうだし勉強は得意なのかな。
そういえば、烏野って相変わらず男子の制服はつまらないのね。
冬は学ランだもんな……あ、でも私、学ラン好きだわ。
そんなことを考えて、もう十年も前の事を思い出す。
最近よく、あの頃を思い出すようになった。
やっぱり、こっちに帰ってきたせいなんだろう。
東京にいる頃は、学生時代を思い出すことなんてほとんどなかったのに---…
.