第3章 三日月 -月の満ちはじめ-
お疲れ様です、と誰に言うでもなく声を上げて席を立つ。
数分後には駅のホームに着いていた。
一週間は長いようで短く、短いようで長い。
例のごとく金曜の夜でも特に予定を入れることもなく、友人からの食事の誘いも「残業」とうそをついて断った。
今日はまっすぐ家に帰る。
幸い、食料は何かしら冷蔵庫に入っているし、人並みに自炊能力はある。
給料も入ったことだし、明日はショッピングにでも出かけようかな、なんて考えながら、ホームに着いた電車になだれ込んだ。
いつもの場所、最寄駅まで開かない扉の前に立つ。
今日はそこまで眠気がない。
ぼんやりと窓の外を眺めて、流れる景色を視界に入れた。
ふと、違和感を感じて窓ガラスにピントを合わせる。
自分の斜め後ろに見える、背の高い影。
慌てて振り返ると、そこには予想していた人物が私に背を向けて立っていた。
どこに居ても目立つその長身。
……もしかして、この間電車でぶつかったのって……
なんで気づかなかったんだろう。
酔っぱらいに助けてもらう前に、会っていたのか。
……会っていた、という状況でもなかったけれど。
私はまた窓に向き直って、窓の外に視線を戻した。
別に、彼が同じ電車に乗っていたところで、特に話かける必要もない。
向こうも気づいていないみたいだし、気づかないだろう。無視をしている訳でもないのだから。
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